【所得税】東京地裁令和7年2月27日判決

判決イメージ 判決書(所得税)

国税局に情報公開請求をし、表題の判決書を入手してみました。

事案の概要

原告は、平成27年から平成30年にかけて、海外のカジノ施設においてカジノ行為の一種であるバカラを複数回行ったが、バカラにより得た所得はないものとして平成27年分ないし平成30年分の所得税等の各確定申告を行ったところ、税務署長から、予想が的中したゲームごとに、配当として得たチップの額面相当額(収入)から同ゲームに賭けたチップの額面相当額(支出)を控除して一時所得の金額を算定すべきであるとして、同各年分の所得税等の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分を受けた。

本件は、原告が、上記各処分のうち、原告の主張する税額を超える部分は違法であると主張して、同各部分の取消しを求める事案。

基本情報

・税目:所得税
・処分行政庁:米子税務署長事務承継者麻布税務署長
・課税年度:平成27~30年分
・提訴裁判所:東京地方裁判所
・提訴年月日:令和5年2月15日
・判決日:令和7年2月27日
・結果:棄却

争点

・本件バカラ所得に係る「収入すべき金額」(所得税法36条1項)
・〇〇換金制限による影響の有無(平成27年分に限る。)
・本件バカラ所得に係る必要経費の範囲
・コミッション等に係る一時所得との内部通算の可否

判決書PDFデータ

東京地裁令和7年2月27日判決

判決書テキスト

※以下は生成AIでテキスト化したものです。

主   文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

1 税務署長が令和3年2月15日付けで原告に対してした平成27年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分のうち納付すべき税額(予定納税額控除前のもの)470万4400円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

2 税務署長が令和3年2月15日付けで原告に対してした平成28年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分のうち納付すべき税額(予定納税額控除前のもの)267万4200円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分のうち加算税の額11万8000円を超える部分を取り消す。

3 税務署長が令和3年2月15日付けで原告に対してした平成29年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分のうち納付すべき税額(予定納税額控除前のもの)919万3900円を超える部分並びに過少申告加san税賦課決定処分のうち加算税の額79万9000円を超える部分を取り消す。

4 税務署長が令和3年2月15日付けで原告に対してした平成30年分の所得税及び復興特別所得税の更正処分のうち納付すべき税額(予定納税額控除前のもの)122万1800円を超える部分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

第2 事案の概要

原告は、平成27年から平成30年にかけて、海外のカジノ施設においてカジノ行為の一種であるバカラを複数回行ったが、バカラにより得た所得はないものとして平成27年分ないし平成30年分の所得税及び復興特別所得税(以下「所得税等」という。)の各確定申告を行ったところ、■税務署長から、予想が的中したゲームごとに、配当として得たチップの額面相当額(収入)から同ゲームに賭けたチップの額面相当額(支出)を控除して一時所得の金額を算定すべきであるとして、同各年分の所得税等の各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分を受けた。

本件は、原告が、上記各処分のうち、原告の主張する税額を超える部分は違法であると主張して、同各部分の取消しを求める事案である。

1 所得税法の定め

別紙1「所得税法の定め」に記載のとおりである。

2 前提事実(当事者間に争いがない事実、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実並びに当裁判所に顕著な事実)

(1) 原告

原告は、パチンコ店の経営を行う■の代表取締役である(甲14)。

(2) 原告によるカジノ行為等

ア 原告は、平成27年から平成30年までの間、次の各会社(以下「本件各カジノ会社」という。)が運営する各カジノ施設(以下「本件各カジノ施設」という。)において、カジノ行為の一種であるバカラを複数回行った(以下、原告が行ったバカラを「本件バカラ」という。)。

(ア) 米国に所在する■(以下「■」という。ただし、原告が本件バカラを行った記録があるのは平成27年及び平成30年のみ。なお、後記(イ)及び(ウ)の各会社は、いずれも■のグループ会社である。乙9)

(イ) シンガポール共和国(以下「シンガポール」という。)に所在する■(以下「■」という。)

(ウ) 中華人民共和国マカオ特別行政区(以下「マカオ」という。)に所在する■(以下「■」という。ただし、原告が本件バカラを行った記録があるのは平成30年のみ。)

イ 原告は、いわゆるVIP顧客(一定額以上の金額を預託するなどして高額の賭けを行う顧客)であり、本件各カジノ会社との間で、供与された1〜2億円程度の信用枠の範囲内でチップを受け取ることができるクレジット契約(以下「本件各クレジット契約」という。)を締結した上で、本件各カジノ施設のVIP顧客専用のエリアにおいて本件バカラを行っていた(甲14)。

また、原告は、■及び■(以下「■等」という。)においては、VIP顧客を対象とするサービスプログラムである「ローリングプログラム」を利用していた(以下、原告が■等との間でそれぞれクレジット契約を締結した上で利用したローリングプログラムを「本件各プログラム」といい、原告が■との間で締結した上記クレジット契約と併せて「本件各プログラム等」という。)。

ウ 原告が本件各プログラム等を利用して行った本件バカラの回数や期間等の詳細は不明であるが(後出の別紙4の1(2)参照)、■のカジノ施設においてローリングプログラムを利用した期間は、次のとおりである(同別紙の別表2〜5の各「1 本件バカラに係る損益(詳細)」参照)。

(ア) 平成27年

a 3月23日〜同月25日(3日間)

b 4月12日〜同月13日(2日間)

c 4月24日〜同月27日(4日間)

d 5月22日〜同月25日(4日間)

e 8月4日〜同月6日(3日間)

f 9月17日〜同月18日(2日間)

g 10月27日〜同月29日(3日間)

h 12月1日〜同月3日(3日間)

i 12月30日〜同月31日(2日間)

(イ) 平成28年

a 4月14日〜同月15日(2日間)

b 12月17日〜同月18日(2日間)

c 12月31日〜平成29年1月4日(5日間)

(ウ) 平成29年

a 1月29日〜同月31日(3日間)

b 7月18日〜同月19日(2日間)

(エ) 平成30年

a 2月10日〜同月13日(4日間)

b 4月19日〜同月20日(2日間)

c 6月11日〜同月12日(2日間)

エ 本件バカラ、ローリングプログラム及び本件各クレジット契約等の概要は、別紙2「本件バカラの概要等」に記載のとおりである(なお、同別紙において定める略称等は、以下の本文においても用いることとする。)。

(3) 確定申告

原告は、平成27年分ないし平成30年分(以下「本件各年分」という。)の所得税等について、■税務署長に対し、別紙3の表1ないし4の各「確定申告」欄のとおり、法定申告期限までに各確定申告をしたが、その際、本件バカラを行ったことにより生じた所得(以下「本件バカラ所得」という。)はないものとしていた(以下、この各確定申告に係る申告書を「本件各確定申告書」という。乙1の1〜4)。

(4) 本件各更正処分等

■税務署長は、令和3年2月15日付けで、原告に対し、別紙3の表1ないし4の各「更正処分等」欄のとおり、本件各年分の所得税等の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)及び各過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件各更正処分と併せて「本件各更正処分等」という。)を行った。

(5) 不服申立て

ア 原告は、令和3年5月12日、麻布税務署長(同年4月22日の原告の納税地の異動に伴い、■税務署長の事務の承継を受けた行政庁)に対し、本件各更正処分等の全部の取消しを求めて再調査の請求をしたところ、麻布税務署長は、同年8月4日付けで、これらをいずれも棄却する旨の再調査決定をした(甲2)。

イ 原告は、令和3年9月3日、本件各更正処分等の一部の取消しを求めて審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、令和4年8月23日付けで、これらをいずれも棄却する旨の裁決をした(甲3の1・2)。

(6) 本件訴えの提起

原告は、令和5年2月15日、本件訴えを提起した。

3 本件各更正処分等の根拠及び適法性に関する被告の主張

本件各更正処分等の根拠及び適法性に関する被告の主張は、後記5の被告の主張のほか、別紙4「本件各更正処分等の根拠及び適法性」に記載のとおりである。

なお、原告は、後記4の争点に関する部分を除き、その計算の基礎となる金額及び計算方法を争っていない。また、本件バカラ所得が一時所得(所得税法34条1項)に該当することについては、当事者間に争いがない。

4 争点

(1) 「総収入金額」(所得税法34条2項)に係る争点

ア 本件バカラ所得に係る「収入すべき金額」(所得税法36条1項。争点1)

イ ■換金制限による影響の有無(争点2。平成27年分に限る。)

(2) 「その収入を得るために支出した金額」(所得税法34条2項)に係る争点

ア 本件バカラ所得に係る必要経費の範囲(争点3)

イ コミッション等に係る一時所得との内部通算の可否(争点4)

5 争点に関する当事者の主張

(1) 争点1(本件バカラ所得に係る「収入すべき金額」)

(被告の主張)

ア 本件バカラ所得の収入の捉え方

カジノ施設においては、金銭をカジノ行為に直接用いることが禁止されており、顧客は、金銭をチップに換えてカジノ行為をする。そのため、チップは、現金代用物として額面相当額の金銭的価値を表象している。

原告が本件バカラにおいて配当として得たライブチップは、その額面相当額をもって、①通貨に換金して金銭を得ることができるほか、通貨に換金せずとも、②NNチップに交換するなどして新たなゲームに用いたり、③本件各カジノ会社に対する債務の返済に充てたりして(以下、①を「換金」、②を「ゲーム利用」、③を「充当」という。)、本来的に生ずることとなる経済的出捐を回避することができる。

このように、ライブチップは、額面相当額の経済的価値を有し、金銭に代わるものとして使用できることから、原告がライブチップを配当として得ることは、本件各カジノ会社から原告に対して経済的価値の流入があったことを意味する。そして、これによる経済的利益は、ライブチップの額面相当額による金銭評価が可能であるから、その額面相当額が所得税法における収入となる。

したがって、本件バカラ所得の収入は、原告が本件バカラで予想を的中させたことにより配当として得たライブチップに係る経済的利益である。

イ 本件バカラ所得の収入を総収入金額に計上すべき時期

所得税法はいわゆる権利確定主義を採用しているから、一時所得においても、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、権利発生の時期の属する年分の課税所得を計算すべきである。

そして、原告が本件バカラで予想を的中させたことにより配当として得たライブチップに係る経済的利益という収入の原因たる権利が確定的に発生するのは、原告の予想が的中した時点である。

(原告の主張)

ア 本件バカラ所得の収入の捉え方

(ア) ライブチップは、本件各カジノ会社が所有する備品であり、本件各カジノ施設外に持ち出すことが原則として禁止され、その換金も本件各カジノ会社に対してのみ行うことができるにとどまる。このように、ライブチップは、特定の場所・条件においてのみしか利用可能性がなく、不特定多数の当事者間における自由な取引は観念できないから、その客観的交換価値は0円である。

また、顧客に帰属せず、かつ、それ自体に金銭的価値のないライブチップを課税所得とみた上で課税処分により租税債権を確定させても、当該租税債権の差押えによる徴収ができない(国税徴収法47条、国税徴収法基本通達47−5及び47−7)。

したがって、ライブチップそれ自体に経済的価値を認めることはできない。

(イ) 本件各プログラム等を利用して行われる本件バカラは、これを利用せずに行われるバカラとは、権利義務関係の規律が全く異なるから、本件バカラ所得の収入を検討するに当たっては、本件各プログラム等により規律される権利義務関係に着目しなければならない。

原告は、本件各プログラム等の規定上、本件各プログラム等が終了し、厳重な本件確認等手続を経ない限り、配当として受け取ったライブチップを換金又は充当することができなかった。また、ローリングプログラムについては、■等は単独の自由裁量によりこれを終了させることができる一方、顧客がこれを任意に終了させることを許容する規定はなく、本件各クレジット契約における返済期日が本件各カジノ会社が請求した時とされていることからすれば、原告は、各ゲームの予想が的中した時点では、本件各プログラム等を任意の時点で終了させることができなかった。

そして、ゲーム利用により得られる利益は射幸心が満たされるというものにとどまり、経済的価値を認めることはできない。

したがって、各ゲームの予想が的中した時点において、その配当として受け取るライブチップの額面相当額はいわば係数上のものにすぎないのであり、経済的価値の流入があったとはいえない。

(ウ) そうすると、本件バカラ所得の収入は、原告において、本件確認等手続を経た上で、未払債務を完済して本件各プログラム等が終了した時に得られるものであり、精算後にライブチップの残高(本件各プログラム等の終了時に原告が保有しているチップの額面相当額から、本件各クレジット契約に基づき受け取ったチップの額面相当額を控除して残った金額を指す。以下同じ。)がある場合の当該残高に係る経済的利益ということになる。

イ 本件バカラ所得の収入を総収入金額に計上すべき時期

(ア) 一時所得の収入については、その支払がされて初めてこれを認識する場合が多いことからすれば、一時所得の総収入金額の収入すべき時期は、収入を受け取る側がするべきことを全て終えてその収入を無条件で入手できる状態になった時であると解すべきである。

(イ) 原告は、本件各プログラム等が終了したとしても、未払債務を完済しなければライブチップの換金による収入を得ることができなかった。また、ライブチップを換金するに当たっては、ライブチップを物理的にカウンターに持参することに加えて、厳重な本件確認等手続を経る必要があった。

そうすると、原告がするべきことを全て終えて収入を無条件で入手できる状態になった時は、本件確認等手続を経た上で、未払債務を完済して本件各プログラム等が終了した時となる。

(2) 争点2(■換金制限による影響の有無)

(被告の主張)

上記(1)(被告の主張)アのとおり、本件バカラ所得の収入は、原告が本件バカラで予想を的中させ配当として得たライブチップに係る経済的利益であるから、ライブチップの換金は、経済的価値を有するライブチップの利用方法の一つにすぎない。そのため、■換金制限は、本件の課税関係に影響を及ぼすものではない。

そもそも、■換金制限は、1日当たりの換金額の上限を定めるものにすぎず、顧客において翌日以降に換金することもできるのであるから、20万米ドルを超えたライブチップに係る経済的利益を原告が享受していなかったとみることはできない。

(原告の主張)

原告は、■におけるクレジット契約の終了時、■換金制限のため、ライブチップを20万米ドル以上換金することができず、また、その換金を翌日以降に持ち越すことができなかった。

したがって、平成27年分の■における本件バカラ所得の総収入金額は、20万米ドルが上限となる。具体的には、別紙4の別表1の1「平成27年分 本件バカラに係る損益一覧表(米国)」の「①損益(USドル)」のうち「2月」欄の「225,300」及び「9月」欄の「2,518,800」は、いずれも上限の20万米ドルとして計算されるべきである。

(3) 争点3(本件バカラ所得に係る必要経費の範囲)

(被告の主張)

原告が本件バカラの配当として得たライブチップに係る経済的利益は、予想の的中という結果を原因として生じたものであり、予想が外れた結果からは生じ得ない。

そうすると、予想が外れたゲームに賭けたチップの額面相当額は収入を得るために直接的に支出した金額に該当しないから、本件バカラ所得の金額の計算に際しては、ゲームごとに個別的に行い、予想が的中したゲームに賭けたチップの額面相当額のみを総収入金額から控除すべきである。

以上のとおり、本件バカラ所得の金額の計算上、総収入金額から控除することができるのは、予想が的中したゲームに賭けたチップの額面相当額に限られる。

(原告の主張)

本件バカラ所得の収入であるライブチップの残高に係る経済的利益に直接対応するのは、原告が参加した本件各プログラム等である。

そうすると、本件各プログラム等においては、予想を的中させたゲームに賭けたチップのみならず、予想が外れたゲームに賭けたチップについても、本件各プログラム等の終了時までの支出とみることができる。

以上のとおり、本件バカラ所得の金額の計算上、総収入金額から控除することができるのは、本件各プログラム等において原告が賭けた全てのチップの額面相当額である。

(4) 争点4(コミッション等に係る一時所得との内部通算の可否)

(原告の主張)

ア 原告は、■等において、ローリングプログラムを利用することによって、本件各プログラムの終了時には常にコミッション等を得ていた。また、原告は、■において、VIP顧客としてホテルの宿泊代が無料になるといった便益を常に得ていた。これらはいずれも一時所得に係る収入に当たる。

このように、原告は、本件バカラ所得の収入がない場合であっても、上記の各一時所得に係る収入を得ていたのであり、むしろ、原告が本件各プログラム等を利用していたのは、これらの収入を得るためであった。

イ 上記アの各一時所得に係る収入を得るためには、本件各プログラム等を利用した上で、各ゲームにおいてチップを賭けなければならないから、その必要経費となるのは、本件各プログラム等の各ゲームにおいて原告が賭けた全てのチップの額面相当額である。

そして、一時所得内における内部通算は可能であるから、本件各プログラム等に係る一時所得の総収入金額(本件バカラ所得の収入及び上記アの収入)からその収入を得るために支出した金額の合計額を控除して、一時所得の金額(特別控除前)を計算すると、次表(単位:円。金額の前の△は損失を示す。)のとおりとなる。なお、次表の計算に当たっては、①■については、平成27年2月及び9月の収益をいずれも20万米ドルとし(上記(2)(原告の主張)参照)、②■については、平成28年12月31日〜平成29年1月4日の損益(前提事実(2)ウ(イ)c、別紙4の別表3及び4参照)を平成29年に含めている。

(表省略)

(被告の主張)

一般的に、カジノ施設の顧客が金銭をチップに換える目的は、カジノ行為をすることであって、コミッション等のインセンティブを得ることではない。

また、最大でも0.95%の割合で付与されるにすぎないコミッション等の獲得を目的にして金銭をチップに換えることは、経済合理性を欠く行為である。

そうすると、コミッション等が一時所得の総収入金額に該当するとしても、原告が賭けたチップの額面相当額は、客観的に見て、コミッション等という収入を得るために支出した金額とはいえない。

第3 当裁判所の判断

1 争点1(本件バカラ所得に係る「収入すべき金額」)について

(1) 判断枠組み等

ア 所得税法は、一暦年を単位としてその期間ごとに課税所得を計算し、課税を行うこととしているところ、同法36条1項は、その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする旨定めている。

そして、同項が、上記期間中の収入金額又は総収入金額の計算について、「収入すべき金額」とする旨定め、「収入した金額」としていないことから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして、同権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される。このように、同法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税に当たって常に現実収入の時まで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期を捉えて課税することとしたものである。(最高裁昭和39年(あ)第2614号同40年9月8日第二小法廷決定・刑集19巻6号630頁、最高裁昭和43年(オ)第314号同49年3月8日第二小法廷判決・民集28巻2号186頁、最高裁昭和50年(行ツ)第123号同53年2月24日第二小法廷判決・民集32巻1号43頁参照)。

イ そして、所得税法36条1項が、金銭とは別に、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益それ自体をもって収入の対象としていることは明らかであるから、かかる経済的価値がその価額を確定し得る状況の下で個人に流入したといえるだけの具体的事情がある場合には、当該個人に現実の収入があるものというべきであり、その時点において、何らかの制約により当該経済的価値を直ちに金銭に換価し得なかったとしても、そのことのみにより収入のあることが否定されることにはならないと解するのが相当である。

上記の制約には、その生じる根拠、目的、内容、収入実現に係る他の事情との関係等において様々なものがあり得るところであり、それらのいかんによって、収入実現過程における当該制약の意味合いやそれが収入の対象たる利益の内容に与える影響等も異なり得るのであるから、収入の有無を判断するに当たっては、それらの諸事情を考慮した上で、当該制約により上記経済的価値の流入を否定すべき特段の事情があるといえるかどうかが検討されるべきである。

(2) 本件バカラ所得の収入の捉え方

ア ライブチップに額面相当額の経済的価値を認めることができるかについて

(ア) 原告は、本件バカラにおいて、取得したチップを賭け、その予想が的中した場合には、配当としてライブチップを受領していたものと認められる。

上記(1)イのとおり、所得税法36条1項は、金銭以外の物又は権利その他経済的な利益それ自体をもって収入の対象としているから、配当として得たライブチップに額面相当額の経済的価値を認めることができるか否かを検討する。

(イ) ライブチップは、その額面相当額について本件各カジノ施設において換金できるほか、本件各プログラム等を利用する場合であっても、NNチップに交換するなどして新たなゲームに利用することができ、また、本件各カジノ会社の裁量により、本件各クレジット契約に係る債務の返済に充当されることがある。

このように、ライブチップは、その額面相当額について換金、ゲーム利用又は充当することができるのであるから、同額分の経済的価値を有するものといえる。

(ウ) 原告は、上記第2の5(1)(原告の主張)ア(ア)のとおり、①ライブチップは、特定の場所・条件においてのみしか利用可能性がなく、不特定多数の当事者間における自由な取引は観念できないから、その客観的交換価値は0円である、②差押えによる徴収の対象にし得ないライブチップを課税対象とみることはできないことから、ライブチップそれ自体に経済的価値を認めることはできない旨主張する。

しかし、上記①については、所得税法は、人の担税力を増加させる経済的価値は全て所得を構成するとする包括的所得概念を採用しており、その課税対象は不特定多数の当事者間で自由な取引が観念できる資産に限られるものではない上、配当としてライブチップを受領した者であれば、ライブチップの額面相当額について換金又は充当することができるほか、NNチップに交換するなどして新たなゲームに利用することもできる以上、ライブチップに額面相当額の経済的価値があることは否定できないものである。

また、上記②については、同法上、課税対象となる収入や所得を差押えが可能なものに限る旨の規定は見当たらない。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

イ ライブチップの経済的価値の収入該当性について

(ア) 原告は、本件バカラにおいて、その予想を的中させることにより配当としてライブチップを得ることになるが、そのライブチップは額面相当額について上記アの経済的価値を有するものである。

したがって、原告が配当としてライブチップを得ることは、ライブチップの経済的価値がその価額を確定し得る状況の下で個人に流入したものといえるから、ライブチップに係る経済的利益について原告に現実の収入があるものといえる。

(イ) a 原告は、上記第2の5(1)(原告の主張)ア(イ)のとおり、本件各プログラム等の規定上、本件各プログラム等が終了し、厳重な本件確認等手続を経ない限り、配当として受け取ったライブチップを換金又は充当することができなかった旨主張するので、当該制約により上記(ア)の経済的価値の流入を否定すべき特段の事情があるといえるかどうかを検討する。

b 原告は、本件バカラにおいて予想を的中させて配当としてライブチップを得た時点で、その後のゲームをスキップすることにより(別紙2の第1の1参照)、当該ライブチップを本件各プログラム等の終了時まで保持することができたものである。

そして、本件各プログラム等の終了後、ライブチップを換金するに当たり、■に限らず、■及び■においても、本件確認等手続を経る必要があるとしても、本件確認等手続は、マネーロンダリングや金融犯罪の探知・予防のため、正当なカジノ行為により獲得されたチップであることを確認するものである(別紙2の第2の4参照)。そうすると、ライブチップの換金は、マネーロンダリング等の不正が認められるなどの特段の事情のない限り、本件確認等手続によって妨げられるものではないというべきである。本件において、原告がマネーロンダリング等の不正をしていたと認めるに足りる証拠はないから、原告は、本件各プログラム等が終了しさえすれば、確実にライブチップを換金することができたといえる。

また、原告においては、本件各プログラム等の終了時にはライブチップを未払債務に充当することができ、本件各プログラム等の利用中であっても、NNチップに交換するなどして新たなゲームに利用することができたものである。

以上によれば、本件各プログラム等の終了時まで換金又は充当することができないという制約は、上記(ア)の経済的価値の流入を否定すべき特段の事情とはいえない。

c 原告は、上記第2の5(1)(原告の主張)ア(イ)のとおり、本件各プログラム等を任意の時点で終了させることはできなかったとも主張するが、上記bのとおり、原告は、配当として得たライブチップを本件各プログラム等の終了時まで保持できたことからすれば、本件各プログラム等を任意に終了させることができたか否かは上記bの判断を左右するものではない。

また、次のとおり、原告は、本件各プログラム等を任意に終了させることができたといえるから、本件各プログラム等が終了するまでライブチップを換金又は充当することができないことは、ライブチップを直ちに金銭に換価し得ないという制約であるとは認められない。

すなわち、ローリングプログラムの期間を30日とする旨の定めはあるものの、これを超えて、顧客において任意の時点でその終了を申し出ることは禁じられておらず、■等が、同申出を承諾してローリングプログラムを終了することは許容されているといえる(■も、一方的にローリングプログラムを終了させる権利は顧客に与えられていない旨述べるにとどまる。甲16の2)。

そして、原告が、令和2年11月18日の税務調査において、「「プログラム」は自分で任意に終了することができますが、「プログラム」を終了するまではチップを現金に換金できません。」と回答していること(乙19)、■における本件各プログラムの利用期間をみても、その多くは2日程度、長くとも5日間にとどまること(前提事実(2)ウ)、一方、本件各カジノ会社がその自由裁量により、原告の意に沿わない時期に本件各プログラム等を終了したと認めるに足りる証拠がないことからすると、原告が、任意の時点で本件各プログラム等の終了を申し出さえすれば、本件各カジノ会社はこれを承諾していたものと認めるのが相当である。

したがって、本件各プログラム等が終了するまでの間、ライブチップを換金又は充当することができなかったとしても、原告は、本件各プログラム等を任意に終了させることができたから、いつでも、ライブチップを換金又は充当することができたといえる。

ウ したがって、原告は、本件バカラにおいて配当としてライブチップを受け取ることにより、ライブチップに係る経済的利益という収入を得たといえる。

(3) 収入の権利確定時期について

ア 原告は、本件バカラにおいて、その予想を的中しさえすれば、他に特段の行為等を要することなく、配当としてライブチップを確実に受領することができたといえる。

したがって、原告は、原告の予想が的中した時点で、ライブチップに係る経済的利益を得るための権利行使が可能になったといえるから、その時点をもって、収入の原因となる権利が確定したものと解される。

イ (ア) 原告は、上記第2の5(1)(原告の主張)ア(ウ)及びイのとおり、本件バカラ所得の収入は本件各プログラム等の終了時のライブチップの残高に係る経済的利益であることを前提に、原告が同収入を無条件で入手できる状態になった時は、本件確認等手続を経た上で、未払債務を完済して本件各プログラム等が終了した時である旨主張する。

原告の上記主張は、本件各プログラム等において行われた各ゲームを一体とみた上で、その場合の収入とは何かを検討したものであると解されるので、本件各プログラム等において行われた各ゲームを一体とみるべきか否かについて検討する。

(イ) まず、バカラにおいては、各ゲームの勝敗に応じて、ライブチップの配当又は没収が都度行われ、また、ゲームごとの参加は任意であり、途中のゲームをスキップすることも可能であるから、各ゲームはそれぞれ独立しているものといえる(別紙2の第1の1)。一方、ローリングプログラムは、顧客の賭け金総額を把握し、コミッション等を計算するための便宜から、利用するチップをNNチップとライブチップに分けているものの、本件各プログラム等を利用したからといって、バカラというゲームのルールやチップの配当基準が変更されるわけではない(乙5、8)。

また、ローリングプログラムを利用した場合にはその終了時に未払債務を支払うことにより、所定のコミッション等を得られるが、コミッション等は、顧客がローリングプログラムの有効期間中の各ゲームに賭けたNNチップの合計額に応じて付与されるものであるから、配当として得たライブチップに係る経済的利益とは別個独立のものとして存在するものである。なお、■では、ライブチップの使用実績に応じてインセンティブが付与されるが(乙8、9)、これも、コミッション等と同様のものといえる。

そして、本件各プログラム等の終了時に支払うべき未払債務は、原告が信用枠の範囲内でチップを受け取った時点でその金額を含めて確定しており、本件各プログラム等の終了時に確定するものではない(なお、本件各カジノ会社の自由裁量により、本件各プログラム等の終了時に保有していたチップが充当されることはあり得るが(別紙2の第2の2)、それは、既に確定した未払債務に充当されるものにすぎず、本件各プログラム等の終了時まで未払債務の金額が確定していなかったということではない。)。

以上のとおり、本件各プログラム等を利用することによって、本件各プログラム等において行われた各ゲームを一体とみるべき根拠は見当たらない。

したがって、原告の上記(ア)の主張は採用することができない。

2 争点2(■換金制限による影響の有無)について

本件バカラ所得の収入は、原告が予想を的中させ配当として得たライブチップに係る経済的利益であるところ、■換金制限は、1ゲーム日当たりの換金額の上限を定めるものにすぎず(別紙2の第2の3)、換金自体を否定するものではない上、ゲーム利用及び充当を制限するものでもないから、原告が予想を的中させた時点において、その配当として得る予定のライブチップに経済的価値があることを否定し得るものではない。

原告は、ライブチップの換金を翌日以降に持ち越すことはできなかった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、■換金制限の存在は、本件バカラ所得の収入を検討するに当たり、考慮すべき事由とはならない。

3 争点3(本件バカラ所得に係る必要経費の範囲)について

(1) 所得税法34条2項の趣旨

所得税法34条2項は、一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする旨規定している。

これは、一時所得の金額の計算上、一時所得に係る収入、支出について、収入を生じた行為又は原因ごとに個別対応的に計算し、その反面、収入を生じない行為又は原因に係る支出は控除項目から除かれることを定めたものと解される。

(2) 検討

原告は、本件バカラにおいて予想が的中した場合にはこれを原因として配当であるライブチップを得ることができるから、当該配当に個別的に対応する支出は、当該ゲームに賭けたチップの額面相当額といえる。これに対し、当該配当に個別的に対応しない支出、すなわち、予想が外れたゲームに賭けたチップの額面相当額は、何ら収入を発生させるものではないから、本件バカラ所得に係る総収入金額から控除されるべきものではない。

このように、本件バカラ所得の金額の計算上、総収入金額から控除する「その収入を得るために支出した金額」は、予想が的中したゲームに賭けたチップの額面相当額に限られる。

したがって、本件バカラ所得に係る一時所得の金額の計算に当たっては、ゲームごとに個別的に行い、予想が的中したゲームに賭けたチップの額面相当額のみを総収入金額から控除すべきである。

4 争点4(コミッション等に係る一時所得との内部通算の可否)について

(1) 原告の主張の要旨

原告は、上記第2の5(4)(原告の主張)のとおり、本件各プログラム等の終了時に得られるコミッション等及びVIP顧客としてホテルの宿泊代が無料になるといった便益を、いずれも一時所得に係る収入とした上で、これを支出した金額は、本件各プログラム等の各ゲームにおいて原告が賭けた全てのチップの額面相当額である旨主張するところ、原告が実際にコミッション等及び上記便益をどの程度取得していたのかについては証拠上明らかでないが、これを措き、上記主張について検討する。

(2) 検討

ア コミッション等は、ローリングプログラムの有効期間中に顧客がゲームに賭けたNNチップの合計額に応じて最大でも0.95%の割合で付与されるものであり、使用した金額に応じて付与されるインセンティブである。

また、原告の主張する便益も、ライブチップの使用実績に応じて付与されるインセンティブ(上記1(3)イ(イ))の一種と解される。

イ 上記アのインセンティブは、配当として得たライブチップに係る経済的利益とは別個独立のものとして存在するものであるから(上記1(3)イ(イ))、同インセンティブ自体は、ゲームの勝敗にかかわらず、常にその収入金額以上の損失を発生させることによってしか得られない(少なくともコミッション等については、最大でも正味ローリング・ターンオーバーの1.25%の割合が付与されるにすぎないから、収入金額が必要経費を超えることはあり得ず、常にマイナスとなる。)。そのため、本件各プログラム等を利用して同インセンティブを得ることの経済的合理性は、結局、バカラにおいて配当を得るために賭けたチップ(結果として予想が外れたゲームに賭けたチップを含む。)の損失を減じるという点にあるといえる。

そうすると、同インセンティブについて、これを一時所得に係る収入と解し得るとしても、原告が本件各プログラム等の期間中の各ゲームに賭けたチップは、客観的に見て、本件バカラにおいて配当を得るために支出したものというべきであり、同インセンティブを得るために支出したものとはいえない。

したがって、本件各プログラム等の各ゲームにおいて原告が賭けた全てのチップの額面相当額を、同インセンティブを得るために支出した金額として控除することはできない。

ウ 上のとおり、原告の上記(1)の主張は採用することができない。

5 本件各更正処分等の適法性

上記1から4までを踏まえて検討すると、本件各更正処分等は、別紙4に記載のとおり、いずれも適法である。

6 結論

よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとして、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第2部

裁判長裁判官 品田 幸男

裁判官 石神 有吾

裁判官 大久保 陽久

(別紙1)

所得税法の定め

1 34条(一時所得)

1項 一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。

2項 一時所得の金額は、その年中の一時所得に係る総収入金額からその収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)の合計額を控除し、その残額から一時所得の特別控除額を控除した金額とする。

3項 前項に規定する一時所得の特別控除額は、50万円(同項に規定する残額が50万円に満たない場合には、当該残額)とする。

2 36条(収入金額)

1項 その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額又は総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもって収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。

2項 前項の金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする。

3項 略

以上

(別紙2)

本件バカラの概要等

第1 本件バカラの概要

1 バカラのルール等(乙9、10)

バカラとは、ディーラーが、バンカーとプレイヤーにトランプカードを2〜3枚ずつ配布し、トランプカードの下1桁の合計が9に近い方が勝利となるゲームの勝敗を、顧客が予想するゲームである。ゲームは連続して行われ、一つのゲームの勝敗が決した後、新たなゲームが開始される。

顧客は、チップを賭けてゲーム参加し(ゲームごとに参加は任意であり、途中のゲームをスキップすることも可能である。)、予想が的中した場合には、的中した内容に応じて一定額のチップを受け取ることができ、外れた場合には、賭けたチップが没収される。

2 チップの性質等

(1) 通常のチップ(乙8、9)

カジノ施設における顧客のカジノ行為は、金銭をその額に相当する価額(額面相当額)のチップに換えた上で行われる。

顧客は、カジノ施設内に設置されたキャッシャー又はテーブルにおいて、現金をチップに交換することができる。チップの受取方法には、現金を預け入れて交付を受けたカジノカードを職員等に示して、預け入れた金額を上限として受け取る方法(チップとして受け取らなかった残金は、精算時に返金される。)や、カジノ会社との間でクレジット契約を締結し、その信用枠の範囲内で受け取る方法もある。

また、顧客は、チップを換金することができる。

(2) 特殊なチップ(乙5、8、9)

ア 顧客がローリングプログラム(後記第2の1参照)を利用する場合、顧客の賭け金総額を把握することを目的として、ゲーム参加用の特殊なチップ(一般的なチップと異なり、自由に換金することができないもの。換金不能を意味する Non-Negotiable から「NNチップ」と呼ばれることがあり、以下、同呼称を用いる。)が使用される。

イ 顧客は、ローリングプログラムを利用してカジノ行為をする場合、NNチップを賭けてゲームに参加し、予想が外れた場合にはNNチップが没収され、予想が的中した場合には通常のチップを受け取る。受け取った通常のチップは、上記(1)のとおり換金できるほか、NNチップに交換することができる(以下、上記(1)の通常のチップを「ライブチップ」といい、ライブチップとNNチップを特に区別しない場合は単に「チップ」という。)。

第2 本件各カジノ会社の契約の概要

1 ■等におけるローリングプログラム(乙4〜6、9、弁論の全趣旨)

■等の各カジノ施設のVIP顧客専用のエリアを利用する顧客は、■等との間の契約に基づき、当該顧客が賭けた金額の多寡に応じたインセンティブ(無料サービスやポイント等の還元サービス)が付与される「ローリングプログラム」を利用することができる。

ローリングプログラムの概要は、次のとおりである。

(1) 利用資格

ローリングプログラムの契約締結時において、次のいずれかの条件を満たす者が、ローリングプログラムを利用することができる。

ア 所定の最低額(■においては2万5000シンガポールドル。以下同じ。)を現金で預託すること

イ 所定の最低額につき■等により供与された信用枠に基づく借入れが可能であること(同条件に該当する顧客は「クレジットプレイヤー」と呼ばれ、原告はこれに該当する。当該借入れを利用するためには、クレジット契約を別途締結する必要がある。)

ウ 顧客自身の資金をもって、所定の最低額以上のNNチップを購入すること

(2) 適用されるカジノ行為

指定のエリアでプレーされるバカラ、クラップス及びルーレットを対象として、NNチップを使用するカジノ行為についてのみ適用される。

(3) 期間

契約締結日から起算して30日間(以下「有効期間」という。)の期間満了時に終了する。ただし、■等は、単独の自由裁量により、事前予告なく当該期間の長さを変更する権利を留保する。

(4) 正味ローリング・ターンオーバー

正味ローリング・ターンオーバーとは、ローリングプログラムの有効期間中に顧客が取得したNNチップの合計額(ライブチップと交換して取得するものを含む。)と、ローリングプログラム終了時に返却したNNチップの合計額の差額(すなわち、顧客がローリングプログラムの有効期間中に各ゲームに賭けたNNチップの合計額)をいう。

(5) インセンティブ

顧客は、正味ローリング・ターンオーバーが最低基準額(■においては5万シンガポールドル)を超えていた場合、インセンティブとして次の3つが付与される(以下、これらを併せて「コミッション等」という。)。ただし、■等は、その自由裁量により、最低基準額に満たない場合であっても後記イ・ウについては支払うことができる。

ア 特典

正味ローリング・ターンオーバーの0.1%相当額の特典(有効期間中に顧客が負担する宿泊代、飲食代及び航空運賃に充てることができる、いわゆるポイントと同様のもの)

イ ローリング・コミッション

正味ローリング・ターンオーバーの0.4%〜0.95%(プレミアムプレイヤーの場合、正味ローリング・ターンオーバーの額に応じて順次増加し、最大0.95%となる。)相当額の現金

ウ インセンティブ・ボーナス

正味ローリング・ターンオーバーの0.2%相当額の現金

(6) クレジットプレイヤー

クレジットプレイヤーは、コミッション等の獲得条件として、■等に対する未払債務を完済しなければならない。

(7) 一般条項

■等は、ローリングプログラムの顧客への通知なく、①預託口座内の資金、②顧客に支払い、又は付与されたローリング・コミッション又はインセンティブ・ボーナスの金額の全部又は一部を、いつでも充当、相殺又は引き落としし、顧客の■等又はその関連会社に対する債務の全部又は一部の弁済に充てることができる。

■等は、単独の自由裁量により、予告なく、ローリングプログラムの規約を修正し、又はローリングプログラムを終了させることができる。

2 本件各クレジット契約の概要

本件各クレジット契約の概要は、次のとおりである。

(1) ■(乙3)

ア カジノクレジットは、カジノ行為の目的に限定して利用する。

イ 信用枠の引き出しは、その都度別個の取引とみなされる。

ウ ■又はその関連会社は、その自由裁量にて、借主が払戻しを請求する全てのチップを、まず借主が■又はその関連会社に対して負うクレジット未払残高(信用枠の範囲内でチップを受け取ったことにより生じた債務のこと。以下「未払債務」という。)に充当し、残額があればそれを借主に返金できる。

(2) ■(乙2)

ア 貸主から借主への信用枠の供与は、借主が貸主のカジノ施設でカジノ行為をする目的に限り、貸主から借主にチップを提供する方法により行われる。貸主が借主に信用枠を供与する場合には、その都度、借主は貸主が要求する有価証券を作成することに同意する。

イ 借主は、貸主に対し、信用枠の範囲内でチップを提供するよう要求する。

ウ 貸主は、自らの自由裁量で決定する金額(ただし、上記イに定める上限額の範囲内とする。)のチップを借主に提供することに同意する。

エ 借主は、■等に対して、受け取ったチップの金額を返済日に支払う。返済日は、有価証券の日付とする。

オ 借主は、未払債務を、手数料その他いかなる控除も行うことなく、貸主が指定する支払場所にて支払うか、または借主が署名した有価証券の支払用資金を銀行に入金する方法により支払うことに同意する。貸主は、借主からの返済額に対する割引、返戻金又はコミッションに関しては、ここに本契約の一部として組み込まれるプログラム契約に従い、かつ、借主が未払債務(当該割引、返戻金又はコミッションを控除する。)を完済した場合に限り、その義務を負うものとする。

カ 貸主は、借主が換金可能であるか又は換金を請求するチップに関して、その自由裁量により、本契約又は■の関連会社が供与するクレジット口座に基づく未払債務にまず充当できる。

(3) ■(甲4の2の5)

上記(2)とほぼ同じ。

3 ■における換金制限(乙6)

■は、平成26年1月20日から平成29年5月18日までの間、米国籍を除く顧客によるチップの換金について、1ゲーム日当たり20万米ドル(又は信用枠の20%相当額のいずれか低い方)に制限していた(以下、この制限を「■換金制限」という。)。

4 チップを換金する際の手続(甲16の2〜19、乙5、弁論の全趣旨)

シンガポール法は、マネーロンダリング対策として、カジノ会社による本人確認及び取引確認の実施について規定しており、カジノ会社は、所定の場合には顧客に対する本人確認の実施を義務付けられ、また、マネーロンダリングや金融犯罪を探知・予防するため、カスタマーデューデリジェンス対策等を定めた内部方針、内部手続及び内部管理を策定・実行することを求められている。

■は、これを受けて、カスタマーデューデリジェンスに関して厳重かつ徹底的な内部方針、内部手続及び内部管理を制定しており、チップを換金するに当たっては、チップが顧客による正当なカジノ行為の結果として獲得されたものであることを確認するなど、顧客に対するカスタマーデューデリジェンス対策に係る手続(以下「本件確認等手続」という。)を実施している。

以上

(別紙3~4)省略

(別表1~7)省略