【相続税】福井地裁令和7年11月5日判決

判決イメージ 判決書(資産税)

国税局に情報公開請求をし、表題の判決書を入手してみました。

事案の概要

亡■(以下「本件被相続人」という。)の相続人である原告ほか2名は相続税の申告及び修正申告を行ったが、この際、原告が相続により取得した賃貸倉庫の修繕費用に係る債務を、課税価格から控除すべきであると申告した。

これに対し、税務署長が、上記債務は控除することができる債務に当たらないとして、相続税の更正処分及び上記更正処分に伴う過少申告加算税の賦課決定処分をしたことから、原告が、上記更正処分のうち修正申告における課税価格及び納付すべき税額を超える部分、及び上記過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求めた事案。

基本情報

・税目:相続税
・処分行政庁:福井税務署長
・課税年度:令和元年
・提訴裁判所:福井地方裁判所
・提訴年月日:令和5年12月22日
・判決日:令和7年11月5日
・結果:認容

争点

本件債務が相続税法14条1項にいう確実と認められるものに当たるか。

判決書PDFデータ

福井地裁令和7年11月5日判決

判決書テキスト

※以下は生成AIでテキスト化したものです。

主   文

1 福井税務署長が、令和4年4月28日付けで原告に対してした、被相続人■の相続についての原告の相続税に係る更正処分のうち、課税価格1億9798万7000円、納付すべき税額3202万2900円を超える部分及び同処分に係る過少申告加算税の賦課決定処分を、いずれも取り消す。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求の趣旨
主文同旨
第2 事案の概要等
1 事案の概要
亡■(以下「本件被相続人」という。)の相続人である原告ほか2名は相続税の申告及び修正申告を行ったが、この際、原告が相続により取得した賃貸倉庫の修繕費用に係る債務を、課税価格から控除すべきであると申告した。
これに対し、福井税務署長が、上記債務は控除することができる債務に当たらないとして、相続税の更正処分及び上記更正処分に伴う過少申告加算税の賦課決定処分をしたことから、原告が、上記更正処分のうち修正申告における課税価格及び納付すべき税額を超える部分、及び上記過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求めた事案が本件である。
2 関係法令の定め
(1) 相続税法13条1項1号は、相続により取得した財産について、課税価格に算入すべき価額は、当該財産の価額から被相続人の債務で相続開始の際、現に存するもののうち、当該相続により財産を取得した者の負担に属する部分の金額を控除した金額による旨定めている。
(2) 相続税法14条1項は、同法13条の規定によりその金額を控除すべき債務は、確実と認められるものに限る旨定めている。
3 前提事実(顕著な事実か、当事者間に争いがないか、後掲の各証拠(特に断らない限り枝番を含む。)又は弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1) 相続の開始
本件被相続人は、■に死亡した。同人の死亡による相続(以下「本件相続」という。)に係る相続人は、本件被相続人の子である原告ほか2名(以下「本件相続人ら」という。)であった。(乙2)
(2) 本件建物に係る賃貸借契約について
ア 別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、倉庫・事務所として、平成7年9月27日、亡■により新築された。その後、■、同人の死亡により本件被相続人がこれを相続し、■、本件被相続人の死亡により原告がこれを相続した。(乙3)
イ 亡■は、本件建物について、■及び事務所の目的にのみ使用するため、平成7年9月30日付けで■と同年10月1日から平成17年9月30日まで10年間を賃貸借期間とする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結した。■は、上記賃貸借期間終了後も契約を更新しながら、本件建物を継続して使用した。(甲10の1、乙4)
なお、前記アの各相続により、本件賃貸借契約上の賃貸人の地位は、本件被相続人、原告へと順次承継された。(甲10の2)
ウ ■は、平成26年10月1日付けで■に社名変更するとともに、■に卸売事業を譲渡した。同事業譲渡に伴って、本件賃貸借契約上の賃借人の地位は、■(以下「本件賃借人」という。)に移転した。(乙1)
(3) 本件建物の修繕工事に至る経緯
ア 本件賃借人は、賃借人の地位の移転前と同様、本件建物を本件賃借人の、倉庫及び■として使用していた(甲12、甲13、甲21の4、乙7の2)。ところ、本件建物の土間床の沈下について、建築コンサルタント会社に調査を依頼し、平成30年8月10日、同社から、地盤沈下により部分的に沈下しており、土間床の梁に囲まれた部分の中央で最大で10cm弱沈下している旨の調査報告を受けた。そこで、本件賃借人は、同年11月27日、本件被相続人に対し、本件建物の土間床が沈下していることを伝え、修繕について相談した。(甲42の3、乙7の2)
イ 原告は、本件建物の土間床が沈下している箇所を嵩上げする工事の見積りを建設会社2社に依頼し、■からは平成31年3月5日付けで、■(以下「本件請負人」という。)からは同月12日付けで見積書を取得し(甲14、乙8)、本件請負人に発注することとした(弁論の全趣旨)。
ウ 平成31年3月28日、原告は、本件賃借人及び本件請負人との間で打合せを行った。同打合せでは、修繕工事の具体的内容として、床面の下に液を注入して床面を持ち上げるため、1か所あたり10日を見込み、終了までに60日程度を要することが伝えられ、本件賃借人からは飲料等のラックが10日間使用できなくなることは作業的に厳しいこと、夏場等は厳しいことが伝えられた。(乙7の2)
エ 同年4月14日、本件請負人は、本件建物の床面に穴をあけて事前調査を行い(甲39)、令和元年5月1日付け見積書(甲16。以下「本件見積書」という。)を作成した(乙7の2)。
オ 本件被相続人は、同月7日付けで、本件請負人との間で本件建物の土間床の修繕工事について工期を同月20日から同年7月30日まで、請負代金を■円(工事価格■円、消費税等■円)とする請負契約を締結した(甲17)。
その後、本件賃借人から、7月から9月中旬までは繁忙期により倉庫内の物量が増加するため、物流が少なくなる10月に着工してほしいとの意向を示されたことから、本件被相続人は、同年5月14日付けで、本件請負人との間で、工期を同年10月1日から同年11月30日、請負代金を■円(工事価格■円、消費税等■円)に変更する注文書(変更)及び注文請書(変更)を取り交わし、上記請負契約を変更した(甲18、甲19並びに甲21の2及び3。以下、変更後の請負契約を「本件請負契約」、本件請負契約に基づく修繕工事を「本件修繕工事」、本件請負契約に基づく請負代金債務を「本件債務」という。)。
カ 本件被相続人死亡後の同年9月末、本件請負人は、本件建物の横にプラントを設置して本件修繕工事に着手した(甲21の2)。
同工事は、床面の各ブロックを嵩上げするために必要としたコンクリートが見積り時の想定量を上回ったため、床面積の半分程度まで注入したところで予定していたコンクリート全量を注入し終えた。本件請負人は原告に対し、未施工の範囲をどうするか確認したところ、工事を終了してよいとの了解を得たため、同年10月下旬、工事を終了した。(乙11)
キ 同年11月15日、原告は本件請負人に対し、本件請負契約に基づく代金から振込手数料を控除した■円を支払った(甲20)。
(4) 本件建物の解体
本件建物は、その後も土間床の未修繕部分につき修繕されることがないまま、令和6年3月21日に取り壊しが完了し、同年4月2日付けで滅失登記がされた。(乙11、乙12)
(5) 本件訴訟に至る経緯
ア 令和2年6月8日、本件相続人らは処分行政庁に対し、本件相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告書を提出した。当該申告書には本件債務を含む債務額が債務控除の額として計上されており、本件債務を含む債務を控除した後の原告の課税価格は1億9232万円、納付すべき税額は3050万4400円とされていた。(乙13)
イ 令和4年4月14日、本件相続人らは、処分行政庁に対し、本件相続税の修正申告書を提出した。当該修正申告書においても、本件債務を含む債務額が債務控除の額として記載されており、本件債務を含む債務を控除した後の原告の課税価格は1億9798万7000円、納付すべき税額は3202万2900円とされていた。(乙14)
ウ 処分行政庁は、原告に対し、本件債務は課税価格から控除することができる債務には当たらないとして、同年4月28日付けで課税価格を2億1994万3000円、納付すべき税額を3797万5200円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)を行った。また、処分行政庁は、同日付で、原告に対し、納付すべき過少申告加算税を59万5000円とする過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を行った。(争いなし)
エ 原告は、同年7月15日付けで処分行政庁に対し、再調査の請求を行った。処分行政庁は同年10月13日付けで当該再調査の請求を棄却する決定をした。(争いなし)
オ 原告は、同年11月8日、国税不服審判所長に対し、審査請求を行った。国税不服審判所長は令和5年6月27日付けで当該審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。(甲4、甲8)
カ 同年12月22日、原告は、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
4 争点
本件債務が相続税法14条1項にいう確実と認められるものに当たるか。
5 当事者の主張
(原告の主張)
本件債務は、以下の事情からすると、確実と認められるものに当たる。
(1) 修繕義務が存在したこと
本件建物は、平成7年に商品保管用の用途で建築され、前提事実(2)イ及び(3)ア記載のとおり、建築以来一貫してその用途での使用が継続されている。
また、本件賃借人は、本件建物において高さ数mに達する棚・ラックを設置して(甲42)、取り扱う多数の商品の保管をしていた。商品をラックに積んだり降ろしたりする作業及びこれを倉庫内で移動させる作業はフォークリフトで行われ、商品をトラックに積み込む際はフォークリフトから籠台車に移し替えてトラックへ運搬されていた(甲41)。
前提事実(3)アのとおり、本件建物の床は、土間床の梁に囲まれた部分が中央で約10cm低下していた。
このような沈下があることにより、ラックの上に置かれている商品の転落によって商品の破損、従業員の生命の危険がある。また、フォークリフトによる商品の積み込み、積み下ろしについても、商品落下による商品破損、従業員の生命の危険に加え、床の傾きによるフォークリフト走行の困難性をもたらす。さらに、籠台車についても、床の傾きにより籠台車が勝手に自走してしまうとか、商品運搬の困難性といった不都合をもたらす。
床面の沈下はまさに本件建物の構造の範囲に係る問題であり、賃貸人に修繕義務がある。本件被相続人は、本件請負契約を締結する前に自身の意思とは関係なく、本件賃借人に対して本件建物の修繕義務を負っていたのであり、本件債務はすでに発生していた修繕義務の具体化のために修繕の請負契約を締結したことで発生したものである。
仮に請負契約締結にまで至っていなければ床面沈下の修繕義務を履行しなければならないという相続開始時の現況を前提に、賃貸借契約に基づく修繕義務を控除すべき債務とすることができていたといえる。
(2) 請負代金請求権が発生していること
請負契約においては、合意によって請負代金請求権自体は発生する。
(3) 本件被相続人が賃貸人としての修繕義務を履行し続けてきたこと
本件被相続人は、これまで長年の間、本件建物について多数回確実に、高額なものを含む修繕義務を履行してきた。平成25年以降相続開始時までに限っても、本件被相続人は16か所総額2500万円以上の負担をして確実に修繕義務を履行してきた(甲36)。
(4) 申告期限内の履行があること
確実と認められるか否かの判断に当たっては相続開始前後を含めた客観的な状況を踏める必要がある。原告は、本件被相続人が合意した工期のとおり(前提事実(3)オ及びカ)、本件請負人に修繕工事を実施させ、本件請負契約に定められた請負代金を実際に支払った上で(前提事実(3)キ)、相続税申告を済ませている。なお、被告は、工事範囲が狭いまま終了したことを指摘するが、これは、事前調査の範囲では発見できなかった空洞が存在したことにより見積りの範囲で準備した注入液の材料が途中でなくなってしまったこと、債務額に達したことから工事としては終了したものであり、できる限りの修繕措置を施し、合意されていた金額は全額支払ったことに違いはない。
(5) 工期の変動は賃借人の要望によること
本件修繕工事の当初の工期は令和元年5月20日から同年7月30日であるところ、同年10月1日から同年11月30日に変更されている。これは、前提事実(3)オのとおり、修繕義務の履行を請求している本件賃借人からの繁忙期を避けたいとの要望に応えたものである。変更となった事情の中に本件被相続人の要望での変更という要素はない。
(6) 本件修繕工事に関し、履行の着手がされていること
本件債務の全額が確実と認められないものと判断されているところ、本件債務の中には、必須となる土間下の調査費が含まれているところ(甲16・3頁)、前提事実(3)エのとおり、この土間下調査は本件被相続人の死亡する前に実施済みである。すなわち、本件修繕工事において想定されている工事の一部は、本件被相続人の死亡前に実行されている。
(被告の主張)
債務が確実と認められるものに該当するには、当該債務の存在が確実であるとともに、その履行が確実であることを要する。本件債務は、以下のとおり、いずれも確実であるとは認められず、確実と認められるものに当たらない。
(1) 本件債務は請負契約に基づく請負代金債務であるところ、請負契約は仕事完成が先履行であり、かつ、注文者が仕事完成まではいつでも解除できること、また、民法上請負契約の請負代金請求権が発生する時期については、仕事完成時であるとの見解があること、請負代金請求権及び請負代金債務が各税法において原則として仕事完成時に確定した債権債務として計上されることに照らし、仕事完成前の本件債務の発生や存在について確実性があるとは認められない。
(2) 仮に本件請負契約によって本件債務が発生し、抽象的な債務としては存在するとしても、以下の事実からすれば、本件相続の開始時点においてその履行の確実性は認められない。
本件請負契約において、発注者は必要があるときは工事を追加し、又は変更することができるとされており(乙9・31条1項)、発注者又は注文者は、工事の追加又は変更があったときや工期の変更があったときなど特定の事由に該当する場合には、相手方に対して、その事由を明示して必要と認められる請負代金額の変更を求めることができる旨定められている(乙9・29条1項)。さらに、本件相続開始日である■時点においては、本件修繕工事はいまだ着工もされておらず、また、本件請負契約によれば本件相続開始前後に本件被相続人及び相続人である原告による解除や工事内容の変更が可能な状況にあった。
(3) 本件債務が本件相続開始前に本件被相続人において既に発生していた本件賃貸借契約に基づく修繕義務を具体化したものと捉えるならば、修繕義務自体が存在していたことは否定しがたい。しかしながら、次のとおり、その履行の確実性があるとは認められない。
ア 本件修繕工事は完成しないまま終了しているところ、本件修繕工事は特殊な工事であり、本件請負人として、当初から不安を抱いていたことを踏まえると、そもそも本件請負契約によって本件建物の床面を持ち上げることが確実であったとは認められない。
イ 本件賃借人は、土間床の沈下が修繕されなければ本件建物を事業のために使用することができない状態であったわけではなく、本件被相続人に土間床の沈下を相談した際にも、賃貸人の責任において修繕すべきものか否かの判断を賃貸人側に委ねたところ、本件被相続人は本件請負人との間で本件請負契約を締結し、賃貸人側の費用負担において本件修繕工事を行うこととしたのであるから、少なくとも本件相続の開始時点において、本件賃借人が本件被相続人に対して土間床の沈下を修繕する義務を強制的に履行させる意思まで有していたとは認められない。
また、本件賃借人は、本件修繕工事後も約半分の土間床が嵩上げされず、沈下したまま、ひび割れも生じたままの状態で、本件建物が解体されるまでの約4年間にわたって、本件建物の使用収益を継続していたことも、上記のような本件賃借人の意思を裏付ける。
第3 当裁判所の判断
1 相続税における債務控除の趣旨
相続税法13条1項1号が被相続人の負う債務の額を取得財産の価額から控除することを認める趣旨は、相続された債務の弁済に要する資金を課税対象外として相続人に留保させるためである。このような債務控除の趣旨からすれば、相続開始時点において債務が存在するか否かが不確実な場合や、債務が存在するとしても、履行されるか否かが不確実な場合は、相続人に弁済資金を留保する必要があるとはいえない。そうすると、債務が確実と認められるものというためには、債務の存在が確実であるとともにその履行が確実であることを要し、また、これらが確実であるかを判断するにあたっては、当該債務の形式のみならず、当該債務が生じるに至った経緯等についても考慮すべきである。
2 賃貸目的物の修繕義務との関係性
本件債務は、請負契約に基づく請負代金債務であるところ、請負代金債務は請負契約締結時に発生すると解される。
もっとも、本件請負契約に係る工事が完了したのは、令和元年10月下旬頃であり(甲13、甲21の2)、本件相続の開始時点においては、いまだ工事は完成していないのであるから、同時点を基準とする限り、請負人が代金請求することはできない。また、請負契約は工事が完成するまで注文者による解除が可能であるところ、本件相続時においては、本件修繕工事はいまだ着工にも至っていなかったので、あるから、本件債務を形式的に見ると、債務の存在及び履行につき確実とはいえないようにも思われる。
しかしながら、前提事実(3)アないしオのとおり、本件請負契約は、本件賃借人から土間床の低下があるとの相談があったことを踏まえ、床面を持ち上げるための工事として締結されたものであるから、賃貸目的物である本件建物の修繕を目的としていたと認められる。そうすると、本件債務が確実と認められるものに該当するか否かを検討するに当たっては、本件債務自体の性質のみならず、その前提となる土間床の修繕義務の存否やその履行の確実性に係る事情についても考慮するべきである。
3 本件債務の存否及び履行の確実性について
(1) 本件建物の状況及び被相続人の修繕義務
ア 前提事実(2)イ及び(3)アのとおり、本件建物は、■及び事務所の目的にのみ使用するものとされ、本件賃借人は、飲料品等を保管する倉庫として使用していた。
本件建物の床面は、前提事実(3)アの事前調査段階では10cm弱の沈下が(甲42の3)、■による見積りにおいては平均7cmの沈下がある(甲14)あると指摘され、本件賃借人は、フォークリフトを使用する際には前後左右の傾きによる商品落下のリスクや品ぞろえ作業中のかご台車が自走しだすことによるリスク、ラック上の商品落下や倒壊のリスクを感じていた(甲41の3)。
イ 賃貸目的物の修繕義務は、賃貸人が賃借人に対して負う目的物を使用収益させる義務から生じるものであるから、目的物につき契約によって定められた使用収益ができない場合には、修繕義務があるというべきである。
前記アのような本件建物の状況からすると、■としての使用それ自体は可能であっても、■としての使用に必要なフォークリフトの走行上のリスクや商品保管上のリスクが生じており、安全な使用収益に支障を来す状態になっていたと認められる。なお、本件賃貸借契約において通常の使用により生じる損耗は本件賃借人の負担とする旨定められているが(甲10の1・8条②)、前記アの床面の状況は地盤沈下を原因とするものであるから通常の使用によって生じた損耗には当たらない(甲13、乙7の2参照)。そうすると、本件被相続人は本件請負契約締結当時本件建物の土間床に係る修繕義務を負っていたというべきである。
(2) 本件請負契約締結及び本件修繕工事の経緯
ア 賃貸人である本件被相続人が本件建物の修繕に向けた行動をとったのは、平成30年11月27日に本件賃借人から修繕について相談を受けたことが発端である(甲13、甲21の4、乙7の2)。本件賃借人としては、前記(1)のような本件建物の状況を踏まえ、経年劣化ではなく賃貸人の修繕義務の範囲内にあると考えて相談に行ったところ(甲13、甲21の4、乙7の2)、賃貸人側においても同様に賃貸人の修繕義務の範囲内であるとの認識を有していたのであるから(乙7の2)、同相談時点で賃貸借契約の契約当事者間においては、本件建物の修繕は、賃貸人の修繕義務の範囲内にあるものとして本件被相続人が修繕を行うことで方針が一致したと考えられ、上記相談をもって、実質的には、賃貸人は賃借人から修繕義務を履行するよう求められたというべきである。
イ そして、本件被相続人は、本件賃借人からの前記ア記載の相談を受け、平成31年3月上旬には2通の嵩上げ工事の見積りを取得し(前記前提事実(3)イ)、本件請負人及び本件賃借人との打合せを行い(同ウ)、本件請負人に本件建物の事前調査を依頼(同エ)した上、令和元年5月7日、同月20日から同年7月30日までを工期とした当初の請負契約締結に至ったものであり(同オ)、本件被相続人の負う修繕義務の履行に向けて具体的に工事内容を確定させ、同年5月には本件請負人において工事に着工できる状況にあったといえる。
実際には、前記の工期どおりに施工されておらず、本件修繕工事は、令和元年9月下旬から10月に施工されているところ(甲13、甲21の2、甲21の4)、施工時期が当初の同年5月20日から同年7月30日の予定から変更となったのは、前提事実(3)オのとおり、本件賃借人から7月から9月中旬までは繁忙期により倉庫内の物量が増加するため、物流が少なくなる10月に着工してほしいとの意向を示されたためである。
すなわち、本件賃借人の上記要望がなければ、本件請負人による本件建物の修繕工事は、当初の請負契約で合意されたとおり本件相続開始目前である令和元年7月末までに施工を終えていたと考えられる。
ウ また、賃貸人である本件被相続人は、本件修繕工事以前も賃借人からの複数回の修繕要望に対して履行してきていた(甲36)のであり、かかるこれまでの実績や、本件被相続人が生前原告にも相談の上で本件修繕工事を行うことを決めていること(乙7の2)、現に本件相続後も変更後の工期で本件修繕工事が施工されていること(前記前提事実(3)カ)、を踏まえると、相続開始時点において、被告が前記第2・5(被告の主張)(2)で主張するような、本件被相続人や原告によって本件請負契約が注文者解除される事態が生じることは考えがたく、本件修繕工事が履行されることは確実であるといえる。
エ 以上述べたところによれば、本件修繕工事が履行されることは、本件相続開始時点で確実であったと認められる。
(3) 被告の主張について
被告は、本件相続開始時点において修繕義務の履行ないし本件債務の履行が確実でないとして次のとおり主張するが、いずれも採用できない。
ア 被告は、本件修繕工事が完成しないまま終了していることを踏まえると、本件請負契約によって本件修繕工事の完成が確実であったとは認められないと主張する。
しかし、本件修繕工事は、床面を持ち上げるために、膨張コンクリートを注入する工事であり、本件修繕工事の見積書は注入材料費につき数量に単価を乗じて算出している(甲16)。そうすると、本件修繕工事は、床面すべてが持ち上がらずとも、予定した材料をすべて注入することによって全工程を終了したものであり、仕事が完成したと評価すべきである。床面が完全に持ち上がらなかったことについて、追加工事契約を締結する等して対応することはあるとしても、本件修繕工事が未完成であると評価されるものではない。
被告の主張は、仕事が完成していないことを前提とするものであり、採用できない。
イ 被告は、本件賃借人が土間床の沈下が修繕されなければ本件建物を事業のために使用することができない状態にあったわけではなく、現に商品を保管できていたことをもって契約によって定められた用法に従い使用収益できており、本件被相続人に沈下について相談した際にも、本件被相続人の責任において修繕すべきものか否かの判断を賃貸人側に委ねたこと、土間床の沈下が完全に修繕されなかったにもかかわらず使用収益を継続していたことを指摘し、本件賃借人は、本件修繕工事について本件被相続人ないし原告による任意の履行を期待していたにすぎず、本件賃借人が本件被相続人に対して、土間床の沈下を修繕する義務を強制的に履行させる意思まで有していたとは認められないと主張する。
しかし、仮に、修繕されなければ本件建物を事業のために使用することができない状態にあったわけでなくても、安全な使用収益に支障を来しており、修繕の必要があったことは前記3(1)アで判示したとおりである。
確かに、本件賃借人は本件被相続人や原告に強く修繕義務の履行を求めておらず、少なくとも本件修繕工事が着工するまでは本件建物を使用して修繕の緊急性が高かったとまでは認められない。しかし、そのような事情があったとしても、いったん本件被相続人において修繕をすることが合意され、修繕に係る請負契約が締結されたにもかかわらず、本件賃借人において修繕の要求を撤回したり、本件被相続人による修繕工事の不履行を容認したりするとは考えがたい。
また、本件修繕工事は予定していた床面積の半分程度で予定していたコンクリートが尽きたことで終了し、それ以上の修繕は行われず(前提事実(4))、本件賃借人は、床面が完全に修繕されなかったにもかかわらず、遅くとも本件建物が解体されるまでは使用収益を継続していたものである。しかし、本件賃借人は、本件修繕工事が完了した後も、原告に対し、さらなる修繕を求めていたのであって、追加工事を行わなかったのは、原告において、本件請負人から追加工事をしても要望どおり床が持ち上がるか分からないとの説明を受け、発注しないことを決めた(乙11)にすぎない。
したがって、本件賃借人による修繕の要求が必ずしも強いものとは言えなかったことや、事後的にさらなる修繕が行われなかったにもかかわらず、本件賃借人が使用収益を継続したことをもって、本件修繕工事について本件賃借人が賃貸人側の任意の履行を求めていたにすぎないとか、履行が不確実だということはできない。
上記の被告の主張も採用できない。
(4) 小括
以上によれば、相続開始時点において修繕義務の履行は確実であったと認められ、これが具体化した本件債務もまたその履行が確実であったと認められる。
4 結論
したがって、本件債務は債務の存在及びその履行がいずれも確実であると認められる。そうすると、本件処分は、本来控除が認められる債務について控除できないことを前提になされたものであるから違法である。また、本件賦課決定処分は、本件更正処分が適法であることを前提に、申告された本件相続税の課税価格及び納付すべき税額が過少であるとして国税通則法65条1項2項に基づきされたものであるから、本件更正処分が違法である以上、本件賦課決定処分もまた違法である。
よって主文のとおり判決する。
福井地方裁判所民事部
裁判長裁判官 加藤 靖
裁判官 森 沙恵子
裁判官 田中 宏明
(別紙)省略