訟務事務に従事して初めて知ったこと・書面作成のお作法

争訟

国税局の訟務官室という部署に勤務した際に初めて訟務事務(国の利害に関係のある争訟について、国の立場から裁判所に対して申立てや主張・立証などの活動を行うこと)に携わりましたが、普段使わない用語や慣習があったり、書面作成もお作法があって慣れるまで時間がかかった記憶があります。今回は、私が訟務に携わって初めて知ったことや書面作成のお作法についてまとめてみました。

用語など

その余

まず読み方が分からなかったのですが、「そのよ」と読み、それ以外という意味になります。

畢竟

これもまず読み方が分からなかったのですが、「ひっきょう」と読み、最終的にとか結局という意味になります。

縷々

「るる」と読み、こまごまという意味になります。以前ある裁判官が「当事者が、通りそうもない主張をたくさんしているときに、それらをまとめてばっさり排斥するときに使われるね。」とツイートしていました。」

敷衍する

「ふえん」すると読みます。日常会話で使われることはあまりありませんが、「意味・趣旨をおし広げて説明すること。例などをあげて、くわしく説明すること。」(デジタル大辞泉)。

主張自体失当

「失当」とは、辞書的な意味だと的を得ていないという意味ですが、準備書面を読んでいると、「主張自体失当」という用語を見ることがありました。「主張自体失当」というのは、その主張が立証されたとしても、その主張自体が申立てを根拠づけることにならないことを指します(大野重國ほか「租税訴訟実務講座〔改訂版〕」31頁)。

主張に理由がない

「失当」と「理由がない」というのは同じような文脈で見かけることが多いのですが、「主張に理由がない」とは、当事者の申立てを根拠づける主張に争いがあるのに、その立証が全くないか不足している場合のことを指します(大野重國ほか「租税訴訟実務講座〔改訂版〕」31頁)。

よって書き

請求原因の最後のまとめのこと。原告が求める請求がどのような権利又は法律関係に基づくのかを結論づけるとともに、原告が求める請求の趣旨と請求原因の記載との結びつきを明らかにすべきであるとされています(司法研修所編「新問題研究要件事実」16頁)。なお、よって書きは事実ではないので、認否は不要です。

不受理

最高裁へ上告受理申立てを行ったにもかかわらず、上告審として受理されなかったこと。「不受理」の意味について、藤田宙靖元最高裁判事の著書「最高裁回想録-学者判事の七年半―」では、以下のように説明されています。

「不受理」というのは、まさに、訴えを「受理しない」ということであるから、不受理決定をしたということは、最高裁は、そのケース自体については何ら判断をしていないということであるに他ならない。受理した上で「上告棄却」ということになれば、上告人側の主張が審理された上で退けられ、そのことが既判力を持って確定したということを意味するが、「不受理」の場合には、そもそも最高裁は、当事者間の紛争について、何ら判断をしないということであるから、そのようなことはない。従ってまた、「上告棄却」の判断は最高裁の判例を形成するが、「不受理」の判断は、何ら、最高裁判例を形成するものではない。これはあまりにも自明のことなのであるが、実は、ここのところが果たして正確に理解されているのかが心配になる判例評釈等に接したことがあるので、改めて念を押しておく次第である。

最高裁における口頭弁論期日の指定

最高裁で口頭弁論期日が指定されることがありますが、これは原判決の破棄を意味するものではありません。
村田一広「最高裁判所における口頭弁論の実情等について」民事訴訟雑誌68号53頁では、以下のように説明されています。

最高裁判所が上告棄却判決をする場合、従前、口頭弁論を経ることなく、判決言渡期日を指定する事例が多かったことから、研究者や実務家、報道関係者等において、最高裁判所が口頭弁論期日を指定することは、事実上原判決を破棄することを意味するとの理解が相当広まっているように思われる。

しかしながら、最高裁判所が、口頭弁論を経た上で上告を棄却することができることはいうまでもなく、実際、筆者が最高裁判所調査官として勤務していた当時においても、最高裁判所が口頭弁論を経た上で上告棄却判決を言い渡した事件は存在しており、例えば、前掲最高裁第一小法廷平成二九年(受)第一四九六号各損害賠償請求事件のほか、最高裁判所第二小法廷平成二九年(受)一七〇八号遺留分減殺請求事件(平成三十年十月十九日判決。鬼丸かおる裁判長)最高裁判所第二小法廷平成三十年(受)第一六二六号執行文付与に対する異議事件(令和元年八月九日判決・民集七三巻三号二九三頁。菅野博之裁判長)等が挙げられる。

このような実情に鑑みても、最高裁判所における口頭弁論期日の指定が、事実上原判決の破棄を意味するなどということはできない。仮に、このような誤解が、訴訟代理人等にとって、分かりやすい弁論を行うことへの意欲をそぐ要因となっているとするならば、相当問題がある※。当事者(訴訟代理人弁護士)としては、最高裁判所が口頭弁論期日を指定したからといって、原判決が破棄されると受け止めるべきではなく、裁判官にとって分かりやすい弁論のために最善を尽くすことが期待されているといえよう。

※過去には、最高裁判所が口頭弁論を経ることなく判決言渡期日を指定したことを受けて、上告人等が上告等を取り下げたという事例が複数存在する。これらの事例における上告人等は、上告等の取下げによって敗訴判決が確定することになるが、上告棄却判決の理由において、自己又は自己の属する業界にとって不利な判例法理が示されることを回避するために上告等を取り下げたものと推測される。

J・P

法務局の部付検事の会話を聞いていると、「J」とか「P庁」という単語が出てくるのですが、「J」とは裁判官(Judge)、「P」とは検察官(Prosecutor)という意味になります。

所得税基本通達と法人税基本通達

ある書面を起案していた際に「所得税法基本通達」と記載したところ、決裁過程で所得税と法人税の基本通達には「法」が含まれていないという指摘を受けたことがあります。別に訟務の仕事をしないと気付かないことでもないのですが、私自身は国税で十年弱勤務していて初めて知ったことでした。なお、なぜ所得税と法人税の基本通達に「法」が含まれないのかについて、かつての上司は、所得税と法人税の基本通達は他の税目の解釈の際にも参考にするからではないかという趣旨のことを聞いたことがあると言っていました。

地裁と高裁の部の表記

ある事件の報告書に「東京高裁民事第〇部」と記載して決裁を仰いだところ、地裁は「民事第〇部」だけど、高裁は「第〇民事部」だと指摘を受けたことがあります。

事件番号

事件番号とは、裁判所が事件を受理した際に付される識別番号のことであり、例えば、「令和3年(行ウ)第〇号」のように、「元号」+「符号」+「通し番号」で構成されるものになります。この事件番号と裁判所名により事件の特定が可能になります。

事件番号の「通し番号」は暦年で付されることになっており、1月に受け付けたものから1号、2号、3号‥というように付されます。また、符号について、課税訴訟においてよく見るものは以下のものになります。

・地方裁判所の行政事件 ⇒ 行ウ
・高等裁判所の行政事件 ⇒ 行コ
・地方裁判所の通常訴訟事件(国家賠償) ⇒ 
・高等裁判所の控訴事件(国家賠償)   ⇒ 

区分

口頭弁論が終結した際に、法務局の部付(検事)から訴訟の勝敗見込みが行政庁に伝えられることになっており、下記のとおり、「区分〇(数字)」という符号で伝えられることになっています。訟務事務に4年間従事しましたが、「区分5」(敗訴確実)の事件は私自身は一度も見かけたことがありませんでした。なお、この区分で事前に準備しなければならない敗訴時の対応が決められていました。

・「区分1」 ⇒ 勝訴確実
・「区分2」 ⇒ 勝訴見込み
・「区分3」 ⇒ 予断許さず
・「区分4」 ⇒ 敗訴見込み
・「区分5」 ⇒ 敗訴確実

乾杯の発声

飲み会の乾杯の発声は普通は「カンパイ(乾杯)」ですが、国税の中でも訟務官室だけは「カンショウ(完勝)」で発声する慣習となっていました。いつから始まったのかは分かりませんが、訟務事務は結果が白黒はっきりつく仕事なので、ゲン担ぎということなのかもしれません。

ゲン担ぎといえば、年初に必勝祈願ということで深川不動堂に参拝したり、判決言渡しは午後が多いので、昼食にカツを食べてから判決を確認しに行く方もいらっしゃいました(単にカツを食べたい口実にしているだけなのかもしれませんが)。

書面作成のお作法

書面作成の留意事項は下記以外にもありますが、主だったものをピックアップしてみました。

用字・用語は「訟務関係文書用字用語例集」に従う

準備書面等の用字・用語は、法務省が作成している「訟務関係文書用字用語例集」に従って作成することになっていました。
山中理司弁護士のblogに「訟務関係文書用字用語例集」が掲載されています。

項目番号は「第1」⇒「1」⇒「(1)」⇒「ア」⇒「(ア)」⇒「a」⇒「(a)」の順

項目番号は「第1」⇒「1」⇒「(1)」⇒「ア」⇒「(ア)」⇒「a」⇒「(a)」の順に付すことになっていました。ちなみに国税内部の文書は、「1」⇒「(1)」⇒「イ」⇒「(イ)」⇒「A」⇒「(A)」⇒「a」⇒「(a)」の順で項目番号を付すことになっていました。

表題と略語はゴシック体

表題と略語(例:以下「通則法」という。)はゴシック体にすることになっていました。おそらく見やすさの観点からだと思います。

数字は全角

数字については原則として全角を使用することになっていました。例えば、法人税法二十二条は、法人税法「22」条ではなく「22」条という表記になります。
これに対して、国税内部の文書では、明確な決まりはありませんが慣習なのか、1桁は全角、2桁以上は半角を用いていました。

条文の「第」は省略

法令を記載する場合に、条文の「第」は省略することになっていました(枝番号のあるものは「4条の1第3項」のように表記)。ちなみに、国税不服審判所の裁決書においては条文の「第」は省略せずに表記することになっていました。

なお、法令番号(例:令和3年法律第〇号)については、「第」は省略しないで表記していました。

読点は「,」を用いる

読点は「、」ではなく「,」(コンマ)を用いることになっていました。この点、日弁連のHPには以下の掲載があります。

弁護士会から最高裁事務総局に照会しました結果は以下のとおりです。

  • 読点の種類について裁判文書は「,」に統一しているので、「,」の使用する。ただし「、」を使用されている文書も用いることができる。

なお、公文書の読点については、『文化審議会の国語課題小委員会は、半世紀以上前の通知に従い、公文書では読点に「,」(コンマ)を使うとのルールを見直し、一般に広く使われている「、」(テン)を用いるよう求める中間報告案をまとめた。』とのことです。

https://www.47news.jp/5438863.html

前記

前に述べたことを指す言葉として「前記」「上記」「前述」「記述」などありますが、書面作成時には基本的に「前記」を使用していました。何かに書かれていたわけではありませんが、項をまたぐときは「前記」、項の中は「上記」と使い分けると先輩職員から指導を受けたことがあります。