国税局に情報公開請求をし、表題の判決書を入手してみました。
事案の概要
原告は、税務調査の指摘を受けて、平成29年12月期において、補助参加人との間に本件和解契約が成立し、補助参加人から本件和解契約に基づいて振込送金された本件振込金を当該事業年度の益金として算入する旨の修正申告をした。ところが、原告は、その後、原告と補助参加人との間で本件和解契約の成立に争いがあり、これが成立していないことを理由に、本件振込金に対応する当該事業年度の益金の額を減額して計算すると納付すべき法人税の額が過大になったとして、当該事業年度の法人税及び地方法人税について、それぞれ国税通則法23条1項1号に基づく更正の請求をしたところ、税務署長から、更正をすべき理由がない旨の各通知処分を受けた。
本件は、原告が、被告を相手に、本件各通知処分の取消しを求める事案である。
基本情報
・税目:法人税
・処分行政庁:博多税務署長
・課税年度:平成29年12月期
・提訴裁判所:福岡地方裁判所
・提訴年月日:令和5年4月18日
・判決日:令和7年5月28日
・結果:全部敗訴(納税者勝訴)
争点
・本件振込金の額が、法人税の益金に算入すべきでないものであったか否か
判決書PDFデータ
判決書テキスト
※以下は生成AIでテキスト化したものです。
主 文
1 博多税務署長が令和3年11月9日付けでした原告の平成29年1月1日から平成29年12月31日までの事業年度の法人税に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
2 博多税務署長が令和4年9月15日付けでした原告の平成29年1月1日から平成29年12月31日までの課税事業年度の地方法人税に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
主文1、2項同旨(原告の請求の趣旨は、このように解される。)
第2 事案の概要
1 事案の要旨
原告は、税務調査の指摘を受けて、平成29年1月1日から同年12月31日までの事業年度(以下、同事業年度を「平成29年12月期」といい、原告及び補助参加人の各事業年度をその終期の属する年月に応じて同様に表記する。)において、補助参加人との間に和解契約(以下「本件和解契約」という。)が成立し、補助参加人から本件和解契約に基づいて振込送金された金員(以下「本件振込金」という。)を当該事業年度の益金として算入する旨の修正申告をした。ところが、原告は、その後、原告と補助参加人との間で本件和解契約の成立に争いがあり、これが成立していないことを理由に、本件振込金に対応する当該事業年度の益金の額を減額して計算すると納付すべき法人税の額が過大になったとして、当該事業年度の法人税及び地方法人税について、それぞれ国税通則法23条1項1号に基づく更正の請求をしたところ、博多税務署長(処分行政庁)から、更正をすべき理由がない旨の各通知処分(以下「本件各通知処分」という。)を受けた。
本件は、原告が、被告を相手に、本件各通知処分の取消しを求める事案である。
2 関連法令の定め等
別紙2「関連法令の定め等」のとおりである。
3 前提事実(争いのない事実、顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。以下、その項番号等に応じ、「前提事実(1)」等と略称する。)
(1) 当事者等
ア 原告は、太陽光発電所の開発等の事業を営む■であり、その事業年度は毎年1月1日から同年12月31日までである。■(以下「■」という。)は、平成29年12月期当時から現在まで、原告の代表社員の地位にある。
イ 補助参加人は、太陽光発電に係る設備の販売、管理等の事業を営む株式会社であり、その事業年度は毎年2月1日から翌年1月31日までである(乙19)。■(以下「■」という。)は、平成29年~平成30年当時、補助参加人の代表取締役の地位にあった。■(以下「■」という。)は、平成29年当時から補助参加人の従業員として太陽光発電関連の業務に携わり、令和6年12月、補助参加人の代表取締役に就任した。
(2) 原告と補助参加人間の取引経過
ア 原告と補助参加人、■(以下「■」という。)は、当時原告が所有していた■所在の土地(以下「本件発電所用地」という。)上で太陽光発電事業を行うことを目的として、平成28年7月12日付けで、原告と補助参加人が■に対して本件発電所用地を賃料(地代)年380万円、存続期間を売電開始後20年経過日までと定めて賃貸し、かつ、■のために本件発電所用地に同内容の地上権を設定する旨の契約(以下「■賃貸借契約」という。乙9)を締結した(丙7)。
イ 原告と補助参加人は、■賃貸借契約に関し、平成28年8月24日付けで、原告が本件発電所用地上に太陽光発電設備を設置する工事をし、補助参加人に本件発電所用地と太陽光発電設備を併せて代金5億4485万6800円(税込。契約時、2回の中間金及び連系時に分割して支払う旨の定めがあり、その最終期限は平成30年5月末日とされた。)で売却することを内容とする基本合意書(乙10)及び売買契約書(甲4)を作成した(以下、この時成立した合意を「本件基本合意」という。)。
ウ その後、原告と補助参加人間で本件基本合意の履行をめぐる紛争が生じ、その解決のための交渉が行われた。これに関し、原告、補助参加人及び当時の補助参加人代表者■を名義人とする「■メガソーラー事業に伴う和解及び業務解約書」と題する平成29年12月20日付けの文書(以下「本件和解契約書」という。乙17。ただし、原告と補助参加人間で本件和解契約書記載の合意〔本件和解契約〕が成立したか否かは、当事者間に争いがある。)が作成された。
本件和解契約書には、要旨次の(ア)~(カ)の定めがあり、原告及び補助参加人の記名に続く押印欄に各代表者印が押捺されているが、■の記名に続く押印欄には何も押捺されていない。
(ア) 原告と補助参加人は、■賃貸借契約、本件基本合意等、本件発電所用地における太陽光発電事業に関する契約を全て破棄する(1条本文)。
(イ) 一部受領されている資金は、補助参加人に関連する不動産土地売買契約及び権利譲渡契約に充当する(1条ただし書)。
(ウ) 補助参加人は、原告に対し、違約金・損害金・諸経費(弁護士費用を含む。以下、本項により支払うべき金員を、併せて「本件和解金」という。)として、平成29年12月31日までに1000万円、平成30年2月28日までに4000万円の合計5000万円を支払う(2条、3条)。
(エ) 原告と補助参加人は、今後、本件に関し異議を述べず、本件発電所用地における太陽光発電所の開発事業に協力する(4条)。
(オ) 本件和解金が支払われなかった場合は、原告は、補助参加人に対し、一時保留していた刑事告訴の手続、民事訴訟による損害賠償請求の手続を進める(7条)。
(カ) 本件和解契約書の合意内容に違反したときの違約金を3000万円と定め、■は補助参加人の負う違約金を連帯保証する(8条)。
(乙17、丙2、証人■、証人■)
エ 補助参加人は、原告に対し、平成29年12月29日、1000万円(本件振込金)を振込送金した。原告は、■(原告の関連会社であり、■が代表者を務める。)の■支店の預金口座に対し、同日、1000万円を送金した。(乙6、8)
オ 原告は、本件振込金の入金につき、①平成29年12月期の決算書類には反映させず、②帳簿上には平成30年1月1日付けの仮受金として記録し(摘要には、補助参加人からの和解金である旨を記載した。)、③平成30年12月期の決算書類には補助参加人からの和解金の仮受金として記載した(乙6)。
カ 補助参加人は、平成30年1月期の会計書類において、原告に対する本件振込金の支払と、原告に対する4000万円の未払金を特別損失として計上した(乙19)。
(3) 原告による確定申告から本件訴訟提起に至る経緯
ア 原告は、処分行政庁に対し、平成30年2月28日、別紙3の別表1及び2の「確定申告」欄記載のとおりの内容の確定申告書(本件振込金の額は、所得金額の計算に含まれていなかった。)を提出した。
イ 処分行政庁の担当者は、平成30年11月8日、原告に対する税務調査の反面調査のため、補助参加人代表者の■と面談し、■賃貸借契約や本件基本合意に関する文書、本件和解契約書等を確認し、その写し(このうち、本件和解契約書の写し(乙17〔29枚目〕)の原本を「本件和解契約書①」という。)を取得した(乙17)。
ウ 処分行政庁の担当者は、平成31年1月8日から原告に対する税務調査を行い、同年3月1日、原告代表者■と面談し、前記イで取得した本件和解契約書の写しを示すなどして、本件振込金の額を平成29年12月期の法人税の益金の額に算入すべきであった旨の指摘をした(乙8)。
エ 原告は、処分行政庁に対し、平成31年3月18日、前記ウの指摘を踏まえ、別紙3記載の別表1及び2の「修正申告」欄記載のとおり、本件振込金の額を所得金額に加算した内容の修正確定申告書(乙5。以下、これに係る申告を「本件修正申告」という。)を提出した。
オ 原告は、補助参加人を相手に、令和2年8月、本件和解契約が成立したと主張して、本件和解契約に基づく和解金4000万円等の支払を求める訴訟(■裁判所令和■号)を提起したが、令和3年3月、当該訴訟を取り下げた。
カ 原告は、令和3年5月31日、本件和解契約書によって和解契約は成立しておらず、本件振込金の額を平成29年12月期の法人税の益金の額に算入すべきではなかったとして、国税通則法23条1項1号に基づき、別紙3の別表1及び2の「更正の請求」欄記載のとおり、本件修正申告について更正の請求(乙6)をした。
キ 処分行政庁は、前記カの更正の請求に対し、令和3年11月9日付けで法人税につき更正すべき理由がない旨の通知処分(乙1)をし、令和4年9月15日付けで地方法人税につき更正すべき理由がない旨の通知処分(乙2)をした(本件各通知処分)。
ク 原告は、別紙3の別表1及び2の「審査請求」欄記載のとおり、本件各通知処分についての審査請求をしたが、国税不服審判所長は、令和4年10月14日付けで、原告と補助参加人が本件和解契約書により和解金5000万円を支払う旨を合意したことを理由に、いずれの審査請求も棄却する旨の裁決(甲3)をした。
ケ 原告は、補助参加人及び■を相手に、令和4年11月、再度、本件和解契約が成立したと主張して、本件和解契約に基づく和解金4000万円及び違約金3000万円等の支払を求める訴訟(■裁判所令和■号)を提起した。
コ 補助参加人は、原告及び■を相手に、令和5年2月、本件和解契約書によって和解契約は成立しておらず、本件振込金は本件発電所用地の売買代金の一部(頭金又は手付金)として支払ったものであるが、原告と補助参加人の間で売買契約は成立せず成立する見込みもないため、原告には本件振込金を取得する法律上の原因がないと主張して、不当利得に基づく本件振込金相当額1000万円の返還等を求める訴訟(■裁判所令和■号)を提起した(乙22)。
サ 原告は、令和5年4月18日、本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
4 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は、真実の所得金額が本件修正申告(前提事実(3)エ)に係る申告所得金額を下回るか否か、すなわち、本件振込金の額が、原告の平成29年12月期の法人税の益金に算入すべきでないものであったか否かである(国税通則法23条1項1号参照)。
(原告の主張)
(1) 原告と補助参加人間の和解契約が成立していないこと
原告は、平成29年12月頃、原告代表者が代表者印を押捺した本件和解契約書を作成して補助参加人に送付した。しかし、補助参加人から、補助参加人代表者の代表者印が押捺された当該文書の返送はなく、本件和解金の残額4000万円の支払もなかった。したがって、本件和解契約は、成立していない。このことは、原告は補助参加人に対し本件和解契約書に基づく和解契約の成立を主張したが(前提事実(3)オ、ケ)、補助参加人は、これを争い、本件発電用地の買取り協議に当たって代金の一部を頭金等として先行して支払ったものと主張し、不当利得に基づく本件振込金相当額の返還を求めていること(前提事実(3)コ)からも明らかである。
原告代表者(■)は、処分行政庁の担当者に対し、税務調査(前提事実(3)ウ)の際に本件振込金が補助参加人との和解契約に基づくものであること、当初の確定申告の際不正計算をしたことを認める旨の回答をしたが、同担当者の誤導に基づく回答であるから信用性はない。処分行政庁の担当者も、反面調査を通じて原告と補助参加人間の和解契約については係争中であると認識していたのであるから、原告に対する税務調査において、これを益金に算入すべきと指導すべきではなかったものである。
(2) 本件振込金を法人税の益金として計上すべきでないこと
前記(1)のとおり、本件和解契約書に基づく和解契約の成立には疑義があり、原告が本件振込金を自由に処分することはできないから、原告が補助参加人との間の本件和解契約に基づき、本件振込金を確定的に取得したとは評価できない。
原告代表者(■)としては、当初、本件振込金は本件和解契約によるものではないかと認識しつつ、本件和解契約の成立に疑義があったことから、平成30年12月期に仮受金として計上したものである。なお、平成29年12月期に計上しなかったのは、当時の担当税理士が本件振込金の入金を見落としたためである。
本件では、原告と補助参加人間の本件和解契約の成否自体が争われているから、権利が確定しているかどうかが問題となり、権利が確定することを前提に、権利が確定する前に課税を認める権利確定主義を補完するために用いられる管理支配基準の適用はない。
(補助参加人の主張)
(1) 原告と補助参加人間の和解契約が成立していないこと
補助参加人は、原告に対し、本件和解契約書を返送していない。本件和解契約書に関するやりとりは隔地者間で行われたものであり、補助参加人は、原告から補助参加人に対する和解契約締結の申込みに対し、その承諾の意思表示を発していない。したがって、本件和解契約は、成立していない。
本件振込金は、補助参加人と原告との間で行われていた本件発電所用地の買取り協議に関し、代金の頭金等とする意図で支払ったものである。補助参加人が、平成30年1月期の会計書類において、総額5000万円の特別損失を計上したこと(前提事実(2)カ)は、利益圧縮のために行った不適切な処理である。その後、補助参加人は、税務調査において特別損失の計上は不適切であるとの指摘を受け、令和5年1月期に4000万円の特別利益を計上し、修正を図った。なお、本件振込金の1000万円については原告から返還されず、現実の損失が生じているという趣旨で修正していない。
(2) 本件振込金を法人税の益金として計上すべきでないこと
したがって、本件振込金の額について原告の権利が確定したとはいえないし、本件に管理支配基準を適用するのは不適切であるから、原告の平成29年12月期の法人税の益金として算入すべきものではない。
(被告の主張)
(1) 原告と補助参加人間の和解契約が成立したこと
以下の各事情によれば、原告と補助参加人の間では、本件和解契約が成立し、本件振込金は、本件和解契約に基づき支払われたものである。仮に、補助参加人が原告に対して本件和解契約書を返送しなかったとしても、補助参加人の原告に対する承諾の意思表示はあったものである。
ア 原告代表者■は、処分行政庁の担当者に対し、税務調査(前提事実(3)ウ)の際、補助参加人との間の本件和解契約が成立したこと及び本件振込金が本件和解契約に基づくものであることを認めた。当時の補助参加人代表者■も、反面調査(前提事実(3)イ)や、令和4年4月の税務調査の際、同様に認めた。なお、これらの回答の信用性に疑義はない。
イ 原告は、平成30年12月期の決算書類において、本件振込金について、補助参加人から和解金として支払われたものであると記載して計上し(前提事実(2)オ)、補助参加人も、平成30年1月期の会計書類において、本件振込金及び4000万円の未払金を特別損失として計上していた(前提事実(2)カ)。
ウ 補助参加人は、原告に対し、令和5年2月の訴訟提起(前提事実(3)コ)に至るまで、本件振込金の返還を求めたことはなかった。
エ 平成29年当時、補助参加人の担当者であった■は、本件和解契約書のやり取りに先立ち、原告に対し、本件和解契約書の重要な部分について同意する旨の連絡をしていた。また、本件和解契約書には、原告及び補助参加人の記名部分に印影があり、これらは原告及び補助参加人の印章によるものである。
オ 他に本件振込金が送金される根拠は見当たらない。
カ 補助参加人は、令和5年1月期の決算において、4000万円の特別利益を計上したとされているが、これは補助参加人が原告に対し本件振込金の返還等を求める訴訟を提起するに当たり、原告との間で本件和解契約が成立していないとの主張を裏付けるために計上した可能性があるから、本件和解契約が成立していなかったことを示すものとはいえない。少なくとも、本件振込金の額について平成29年12月20日頃の時点において原告の権利が確定したことを否定するものではない。
(2) 本件振込金を法人税の益金として計上すべきであること
したがって、本件振込金に係る1000万円については、本件和解契約書に基づく和解契約が成立した平成29年12月中に、原告の収入すべき権利として確定したものというべきである(権利確定主義)。
また、原告と補助参加人との間で、本件振込金の法的根拠については、補助参加人が令和5年2月の訴訟提起(前提事実(3)コ)に至るまで争われていなかったことからすると、遅くとも原告が本件振込金相当額の預金を出金した時点(前提事実(2)エ)において、原告が自由に処分できる状態に至っており、原告の管理支配の下に入り、所得が実現されたものといえる(管理支配基準)。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前提事実、掲記の証拠(ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実(以下、その項番号等に応じ、「認定事実(1)ア」等と略称する。)が認められる。
(1) 本件発電所用地に関する原告・補助参加人らの取引の経緯
ア 原告は、土地を取得して、その土地において太陽光発電事業を営むのに必要な権利の取得、太陽光発電設備の設置等を行い、これを全体として太陽光発電所として売却するという事業を行っており、この事業のために、平成28年5月、本件発電所用地を購入し、本件発電所用地で太陽光発電事業を営むのに必要な設備IDを取得するなど準備を進めていた(原告代表者)。
イ 原告代表者■は、この種の取引の仲介をしていた■(以下「■」という。)という人物を介し、補助参加人の担当者である■と、本件発電所用地や同地における太陽光発電事業を■に取得させる取引に関する交渉を進めていた。その過程で、関係者らの間で、平成28年7月頃以降、■賃貸借契約や、■に原告の有する本件発電所用地における太陽光発電事業に関する権利や地位(以下、この権利や地位を総合して「本件売電権利」という。)を譲渡する権利地位譲渡契約、原告と補助参加入間の本件基本合意等が締結された。
原告は、平成28年8月26日、■のために、■賃貸借契約に基づき、本件発電所用地に地上権設定登記をした。また、補助参加人は、原告に対し、同日、■から前記権利地位譲渡契約に基づき支払われた代金を用いて、本件基本合意における代金5億4000万円余の一部である1億0892万0040円を手付金として支払い、原告から■に本件売電権利が移転された。
■賃貸借契約では、原告及び補助参加人が貸主とされていたところ、原告がいずれ本件発電所用地の所有権を補助参加人に移転する可能性があることが留保されていた。また、本件基本合意においては、少なくとも書面上、補助参加人が原告に対し太陽光発電設備設置工事を発注するという内容になっていたが、原告や補助参加人と■との間では、太陽光発電設備の設置を誰が行うか、その費用を誰がいくら負担するかについての合意は成立していなかった。仮に、本件発電所用地の賃借人兼地上権者であり、本件売電権利を取得した■から太陽光発電設備の設置工事を受注できなかった場合、原告と補助参加人が独自に本件発電所用地で同設置工事を実施することは実質的に不可能であるし、補助参加人において本件基本合意における残代金を支払う当てもなかった。
(前提事実(2)ア・イ、甲4、6、乙10、証人■、原告代表者)
ウ その後、原告と補助参加人間で本件発電所用地における事業の進め方について争いが生じ、平成29年1月頃には、補助参加人が太陽光発電設備設置工事を実施する代わりに本件基本合意の代金を実質減額するなど、本件基本合意の内容を一部変更する交渉等が行われたものの、そのうちに原告や補助参加人が■から本件発電所用地における太陽光発電設備設置工事を受注できる見込みがなくなった。このような状況のもと、補助参加人は、本件基本合意に基づく残代金の支払をしなかった。(乙17〔28枚目〕、丙3、7、証人■、原告代表者)
エ 原告と補助参加人は、平成29年10月頃から、本件発電所用地における従前の取引をどのように清算するかについて協議をした。この協議は、原告代表者■と、補助参加人の担当者である■との間に、■が交渉を依頼した■という人物(以下「■」という。)と、■を介して行われた。(甲11~15、証人■、原告代表者)
オ 原告代表者■は、平成29年12月20日、■から本件和解契約書の原稿データを受け取り、その内容を了解して、原告の記名に続く押印欄に原告の代表者印を押捺したものを、原告の分、補助参加人の分、補助参加人代表者■の分として3部(本件和解契約書①以外の2部を、それぞれ「本件和解契約書②」、「本件和解契約書③」という。乙17〔29枚目〕、丙2〔1枚目及び2枚目〕)作成し、補助参加人に対し、これらを送付した。(甲15、原告代表者)
カ ■は、原告から送付された本件和解契約書①~③の3部を受け取り、平成29年12月29日頃、補助参加人の事務所において、■同席の下、ひとまず、それぞれの補助参加人の記名に続く押印欄に補助参加人代表者印を押捺した。しかし、■と■は、本件和解契約書①~③の記載内容を確認して、問題があり、このままの内容で合意できるものではないと判断し、■の記名に続く押印欄には押印せず、原告に対し、本件和解契約書①~③を返送しなかった。他方で、■は、■から、まず1000万円だけでも入金してほしいと求められたため、同日、原告に対し、1000万円(本件振込金)を振込送金した。(前提事実(2)エ、乙17〔29枚目〕、丙2、証人■。なお、■から入金を求められた旨の証人■の供述部分は、当時の■の認識(後記2(2)ア(イ))に照らし、交渉経過に則した合理的なものであって信用することができる。)
キ しかし、その後、原告と補助参加人間では、具体的な交渉の進展はみられなかった(証人■、原告代表者)。
ク BLDは、平成30年9月、本件発電所用地において太陽光発電設備の設置工事に着手したが(当該工事は、原告や補助参加人には発注されていない。)、原告が本件発電所用地の所有権を第三者に移転したり、当該第三者が本件発電所用地上に小屋を建てたりしたことについて、原告や当該第三者らを相手に、平成31年4月、本件発電所用地における太陽光発電事業の妨害の排除、損害賠償等を求める訴訟(■裁判所平成■号)を提起した。原告は、当該訴訟において、本件和解契約書による本件和解契約は成立していないと主張し、原告代表者■は、その旨を記載した陳述書を提出した。
その後、■は、原告らと和解し、令和4年3月23日和解を原因として本件発電所用地の所有権を取得し、その旨の所有権移転登記をした(甲6、乙6、8、丙3、7)。
(2) 補助参加人が原告に対し本件和解契約書を返送しなかったこと(認定事実(1)カ)についての補足説明
ア 本件和解契約書の写し(乙17〔29枚目〕、丙2〔1枚目及び2枚目〕)は、いずれも、同一の内容が印刷された書面に、作成日付(平成29年12月20日の数字部分)が手書きで書き込まれ、原告代表者印の押印、被告代表者印の押印がされているものであるところ、手書きの記載や押印の位置は全て異なるから、本件和解契約書の原本は少なくとも3部存在したと認められる。
イ 本件和解契約書の契約当事者は原告、補助参加人及び■の3名であり、本件和解契約書にもそれぞれ1部ずつ所持する旨の記載がある(なお、当該記載の直前には、当該契約書を2部作成する旨の記載もあるが、3部の明らかな誤記と認められる。)から、原本が3部作成された旨の原告代表者及び証人■の各供述部分は、合理的である。
ウ 本件和解契約書①は、処分行政庁の担当者が平成30年11月8日の補助参加人に対する反面調査の際に補助参加人の事務所で確認してその写しを作成したものである(証人■)から、補助参加人が所持していたものである。また、本件和解契約書②・③(丙2〔1枚目と2枚目〕)は、補助参加人から提出されたものである。他に余部が作成されたことをうかがわせる事情は見当たらない。
エ 処分行政庁の担当者が、前記反面調査の際、本件和解契約書①の写ししか作成していないことは、次の事情に照らすと、直ちに補助参加人が本件和解契約書①しか所持していなかったことを推認させるものではない(なお、仮に補助参加人が本件和解契約書①~③の一部を返送したとすれば、原告分の1部を返送するはずであるから、補助参加人側に2部存在するのが自然であり、1部しか存在しないことは考えにくい。)。
当該担当者の一人であった証人■は、■から提示されたものは全て写しを作成したから、原本は1部しかなかったはずである旨を供述する一方で、原本が複数あっても全て写しをとるかはケースバイケースであるとか、提示された文書が補助参加人の所持する全部であると明確には確認しなかったとも供述した。また、原告は、その当時、本件振込金について未だ税務申告書類に反映させていない状況であった(前提事実(3)ア)から、処分行政庁において本件和解契約書の返送の有無を問題として認識していたわけではなかった。そうすると、当該担当者は、前記反面調査の際、本件和解契約書①~③のうち、少なくとも本件和解契約書①を確認し、その写しを作成したにとどまる可能性が否定し難い。
オ 処分行政庁の担当者は、原告に対する税務調査の際、原告において、原告代表者印及び補助参加人代表者印の押捺された本件和解契約書が保管されていることを確認しておらず、反面調査の際に取得した写しを提示したにとどまる(乙18)。
カ 原告は、これまで本件発電所用地に関し■や補助参加人との間で複数の訴訟手続を経ており、それらの訴訟手続の中で、本件和解契約書に基づく和解契約の成否についての原告の主張、原告代表者■の供述は一貫しないものの、本件和解契約書の返送を受けたと主張又は供述したことはない。
キ 以上の事実を総合すると、補助参加人から原告に対し本件和解契約書を返送しなかった旨の証人■及び原告代表者■の供述部分は、信用することができ、前記(1)カのとおり認定することができる。
2 原告と補助参加人間の和解契約の成否について
(1) 本件和解契約書による補助参加人の承諾の意思表示の有無
ア 認定事実によれば、補助参加人は、①原告から、本件和解契約書①~③の送付を受けた(認定事実(1)オ・カ)が、②原告に対し、補助参加人代表者印を押捺した本件和解契約書①~③を返送しなかった(認定事実(1)カ)のであるから、原告による本件和解契約書の送付に基づく和解契約締結の申込みに対し、本件和解契約書の返送により承諾の意思表示をしたとは認められない。
イ これに対し、被告は、民事訴訟法228条4項により本件和解契約書の成立の真正が推定されると主張するが、本件和解契約書については、作成の真正ではなく、当該文書によって意思表示がされたかどうかが問題なのであるから、当を得ておらず、被告の前記主張は、採用することができない。
(2) 本件和解契約書によらない補助参加人の承諾の意思表示の有無
ア 被告は、本件和解契約書の返送がされなかったとしても、補助参加人から原告に対する承諾の意思表示があったと主張し、本件和解契約書の返送以外の方法による明示又は黙示の意思表示があったと主張するものと解される。
認定事実及び掲記の証拠によれば、以下の事情を指摘することができる。
(ア) 本件発電所用地に関する取引においては、■から本件発電所用地上に太陽光発電設備を設置する工事を受注できるかどうか及び当該工事の利益をどのように配分するかについて、関係者間で利害の対立があり、その点の交渉が行われていた(認定事実(1)イ・ウ)。その交渉過程において、原告と補助参加人との間で、本件発電所用地の不動産価値自体は3700万円程度であるが、本件売電権利の価格は1億7000万円余り、太陽光発電設備の設置工事の価格は2億8000万円余りと整理したことがあった(乙17〔25~28枚目〕)。
(イ) 本件和解契約書の記載内容(前提事実(2)ウ)の趣旨につき、原告代表者■は、本件発電所用地における太陽光発電事業がうまく進まなかったため、従前の合意を一旦白紙に戻し、補助参加人から損害賠償金又は違約罰として5000万円を受領し、その上で、補助参加人との間で太陽光発電事業を改めて進めるものと認識していた(原告代表者)。このことは、①本件和解契約書の初期のドラフト(甲12)の内容がこれに沿うものであったこと、②本件和解契約書には、本件和解金が支払われなければ、原告が一時保留していた補助参加人に対する刑事処分を求める手続を再開する旨の定めがあること(前提事実(2)ウ(オ)。ただし、原告が当時捜査機関に被害申告をしていたような事情は存在しなかった〔原告代表者〕。)からも裏付けられる。
他方、補助参加人の担当者であった■は、期待していた■からの太陽光発電設備設置工事の受注見込みがなくなり、本件基本合意の前提が消滅したという状況を踏まえ、本件発電所用地における取引の精算のため、補助参加人から原告に対する太陽光発電設備の発注を取りやめ、代わりに補助参加人が原告に対して5000万円を支払うことで、原告から本件発電所用地を取得することを希望していた(証人■)。このことは、①補助参加人が■賃貸借契約の締結時点から本件発電所用地を取得する可能性を留保されていたこと(認定事実(1)イ)、②前記ドラフトが改訂される中で支払済みの代金を今後締結される本件発電所用地の売買契約等に充当する旨の記載が付加されたこと(前提事実(2)ウ(イ)、証人■)からも裏付けられる。
(ウ) 原告は、■から太陽光発電設備設置工事を受注することによる利益を期待しており、かつ、太陽光発電設備の設置工事の価値を除いても、本件発電所用地と本件売電権利の価値を少なくとも2億円以上に見積もっていたものであるから(前記(ア))、本件発電所用地と本件売電権利を、支払済みの手付金と合わせて1億6000万円足らずで手放すことを求める補助参加人との意見の乖離は相当に大きかったといえる。また、本件和解契約書の記載内容は、補助参加人が本件和解金の支払によって本件発電所用地を取得するような内容にはなっておらず、かつ、従前のドラフトにはなかった■の個人保証を求める内容になっていたものである。そうすると、補助参加人が本件和解契約書の原本を受領した平成29年12月29日頃当時、いずれかが他方に大きく譲歩できる状況にあったとは認められず、同日頃に、突然、原告と補助参加人間で和解の合意が成立したというのは不自然不合理である。
(エ) 本件和解契約書には、補助参加人の連帯保証人とされた■の押印がない(前提事実(2)ウ)。一般に、和解において、債権者側が債務者側の法人代表者の個人保証を含めて和解契約の申込みをした場合、その個人保証は和解契約の履行確保に関わるものであり、和解の重要な要素と考えられるから、債務者側が、一方的にその個人保証を除いて承諾する旨の意思表示をしたり、そのような意思表示が債権者との関係で有効な承諾になると認識したりすることは、通常考え難い。そうすると、前記のような押印状況にある本件和解契約書に関しても、これと反対に解すべき特別な事情は見当たらないから、このことからも、補助参加人が原告に対して本件和解契約の承諾の意思表示をしたとはいえない。
イ 以上によれば、少なくとも補助参加人が、原告に対し、本件和解契約書の内容を明示又は黙示に承諾する意思表示をしたと推認する余地はなく、原告と補助参加人らとの間で本件和解契約が成立したとは認められない。
(3) 被告の指摘する事情について
ア 被告は、本件振込金の送金が、本件和解契約書の定めに則したものであり、他に送金の根拠が見当たらないと主張する。
しかし、認定事実中の本件和解契約書のやり取り及び本件振込金の送金に至る経過に照らすと、補助参加人は、①原告との本件和解契約が成立したと認識していなかったものの、②原告との本件発電所用地における事業に関する紛争を解決するためには、何らか一定の金員の支払が必要であると考えていたと認められる。また、補助参加人としては、③本件和解契約書に、真偽のほどはともかく、補助参加人に対する刑事処分を求める手続を進めるような記載がされていたこと等から、今後の交渉を円滑に進める材料として、将来何らかの合意が成立することを期待して、本件振込金を送金したものと推認することができる(「本件振込金について、本件発電所用地の代金の一部(頭金又は手付金)として支払った」旨の証人■の供述部分も、■自身が原告と補助参加人の間の明確な本件発電所用地の移転契約に基づく支払であったとまでは供述していないことからすれば、この趣旨をいうものと理解できる。)。そして、④本件振込金の額(1000万円)も、本件発電所用地に関する取引の規模や本件発電所用地の実質的価値に照らすと、明確な合意なく支払うことが不自然なほど高額であるとまではいえない。
イ 被告は、原告代表者■が、平成31年3月1日の質問調査(前提事実(3)ウ)の際、本件和解契約書による和解契約が成立していたと認める旨の回答をしたことを指摘する。
しかし、前提事実及び掲記の証拠によれば、原告代表者■の前記回答は、処分行政庁の担当者が、原告が所持していなかった補助参加人の代表者印のある本件和解契約書①の写しを提示し、それを契約成立の根拠であるとの指摘したことを受けてされたものである(乙8)。当該指摘は、本件和解契約書の返送の有無や、契約当事者の■の押印がないことについて検討した形跡がないこと(乙8)からすると、事後的にみれば誤導であったといわざるを得ない。
そうすると、このような誤導に基づく原告代表者■の前記回答は、少なくとも和解契約の成立に関しては、その信用性を認めることができない。
ウ 被告は、原告が、その帳簿や平成30年12月期の決算書類において、本件振込金を平成30年1月1日付けの仮受金として計上し、摘要に補助参加人からの和解金である旨を記載したこと(前提事実(2)オ)を指摘する。
しかしながら、原告がその帳簿等に本件振込金を仮受金として計上したことは、原告と補助参加人間で和解契約が成立したことを推認させるものとはいえず、むしろ、原告において和解契約が確定的に成立したという認識がなかったことを示すものといわざるを得ない。
エ 被告は、補助参加人が、①平成30年1月期の会計書類において、本件振込金の支払と、原告に対する4000万円の未払金の存在を特別損失として計上していること(前提事実(2)カ)、②補助参加人の代表者であった■が、平成30年11月の反面調査時に本件和解契約が成立したと述べていたこと(乙17)、③■が、令和4年4月の調査時に、本件和解契約の成立に加え、本件和解契約書を返送したと述べていたことを指摘する。
しかしながら、①については、補助参加人において既に十分に根拠のないまま本件振込金の支払をしたこと、その支払の直後の平成30年1月が決算期であり、その時点では原告との交渉がどのように決着するかが未だ流動的であったこと、決算書類に本件和解契約書に基づく債務が発生したように記載することが法人税の計算上有利であったことを踏まえると、税務申告としての適切さを措けば、補助参加人が、原告との本件和解契約の成否の理解にかかわらず、ひとまず本件和解契約が成立したように書類を作成して申告することには合理的理由がある。そうすると、補助参加人の決算書類上の前記記載は、本件和解契約の成立を推認させる程度が乏しく、本件和解契約が成立していないとの前記推認を左右するものとはいえない。
また、②については、仮に■が反面調査において本件和解契約は成立していないと回答すれば、補助参加人における不適切な損失計上を認めることになるから、■において当座しのぎに事実に反する回答をする十分な動機があり、本件和解契約が成立していないとの前記推認を左右するものではない。③についても、仮に、被告が主張するように、■が■の立会いのもと、令和4年4月の税務調査時に同様に回答したことがあったとしても、②と同様である。もしこのような回答があったとすれば、後述するように、補助参加人は、原告から令和2年に提起された訴訟における主張と矛盾する回答をしたことになり、その意味でも当該回答の信用性は乏しい。
オ 被告は、■が本件和解契約書のやり取りに先立ち、平成29年11月頃、原告の示した本件和解契約の内容に対し、文書(甲13)で概ね同意する旨の連絡をしていたことを指摘する。
しかし、掲記の証拠によれば、当該文書(甲13)は、本件和解契約書の初期のドラフト(甲12)の内容を基本的に受け入れつつ、支払条件の調整を求める旨の記載があるものの、■が、原告代表者■に対し、補助参加人からの手紙として送付したものであり(甲14)、真実■が補助参加人側からこの手紙を受け取ったものであることを裏付ける的確な証拠はなく、かえって、補助参加人の担当者であった■は、前記ドラフトを受領したこと及び当該文書を作成したことを否定していた(証人■)。また、仮に当該文書が■の作成したものであったとしても、本件の経緯からは■が前記ドラフトの文面どおりの内容を受け入れることは考え難く、当時交渉が■及び■を挟んで行われていたことから、■がどのように交渉状態を認識して作成したかも判然とせず、いずれにせよ交渉の途中経過において作成されたものにすぎないから、最終的な和解合意の成立を推認させる程度は弱いといわざるを得ない。
そうすると、前記文書(甲13)の存在を考慮しても、本件和解契約が成立していないとの前記推認は、やはり妨げられない。
カ 被告は、本件和解契約書に補助参加人の代表者印が押捺されていることから、補助参加人に本件和解契約の申込みを承諾する意思があったとも主張する。
しかしながら、本件和解契約書の返送がされていない以上、補助参加人においては代表者印を押捺した際の意思を外部に表示しないと判断したものであるから、そのような外部に表示されなかった意思をもって、本件和解契約の申込みを承諾する旨の意思表示があったと推認することはできない。
キ 被告は、補助参加人が原告に対して令和5年2月に至るまで本件振込金の返還を求める訴訟を提起しなかったことを指摘する。
しかし、一般に、当事者がある請求権の存在を認識していても、訴訟を提起してその実現を図るかどうかについては、勝訴・回収の見込みやそれに要する金銭的時間的負担、訴訟提起により生ずる相手方との関係の変化その他の直接・間接の影響等、費用対効果を総合的に検討して判断するものであり、補助参加人において本件振込金の返還請求訴訟を提起しなかったことは、直ちに不自然不合理といえるものではないし、補助参加人は、原告から令和2年に提起された訴訟において本件和解契約の成立を争っていたものであるから(乙22添付の訴状4頁)、補助参加人の態度が本件和解契約の成立を前提とするものとはいえない。
ク 以上によれば、被告の指摘する事情は、概ね、本件振込金の送金の事前及び事後に和解の成立を前提とするような原告及び補助参加人の言動がみられるというものであるところ、いずれも本件和解契約の成立を推認させるといえないか、推認させる程度が弱く、本件和解契約が成立していなければ説明できないような事情は含まれず、総合的に見ても、前記(2)で判示した事情を覆して本件和解契約の成立を推認すべき事情があるとはいえない。よって、原告と補助参加人間で本件和解契約が成立していないとの認定は妨げられない。
3 本件振込金を法人税の益金として計上すべきであったか
(1) 権利の確定があったかについて
以上に判示したところによれば、原告と補助参加人との間の本件和解契約が本件和解契約書により又はこれによらずに成立したとは認められないから、本件振込金も、本件和解契約に基づいて振込送金されたものとはいえない。むしろ本件振込送金は、前記2(3)アに説示したとおり、補助参加人において、和解交渉の過程の中で、明確な根拠なく、今後の交渉を円滑に進める目的で、将来の何らかの合意の成立を期待して振込送金されたものにすぎないといえ(原告において本件振込金がこのような趣旨で振込送金されたと認識していたとの事情も見当たらないから、この限度で当事者の意思が合致して和解が成立したという余地もない。)、法律上の原因を欠くものであったといわざるを得ない。
そうすると、原告が本件振込金を取得する権限(収入すべき権利)が、平成29年12月期において、確定的に発生していたとは認められない。
(2) 本件振込金について管理支配基準を適用すべきかについて
法人税法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税に当たって常に現金収入の時まで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期を捉えて課税することとしたものである。そうすると、ある請求権についてなお係争中であっても、これに関し既に金員を収受し、所得の実現があったとみることのできる状態が生じたときは、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきであると解される(管理支配基準)。また、本件振込金が、原告と補助参加人間の本件基本合意の不履行に基づく損害賠償請求権の履行としてされたものであれば、支払を受けるべきことが確定した日の属する事業年度の益金として計上することを原則としつつ、実際に支払を受けた事業年度に益金として計上することができるというべきである(法人税基本通達2-1-43)。
これを本件についてみると、前提事実、認定事実及び掲記の証拠によれば、原告と補助参加人間では、本件発電所用地における太陽光発電事業の進め方をめぐり紛争を生じ(認定事実(1)ウ)、平成29年10月頃以降和解交渉が行われ(認定事実(1)エ)、これに関し、補助参加人が同年12月29日に本件振込金を振込送金し、原告が収受したものである(認定事実(1)カ)。しかし、その送金の趣旨は、前記(1)のとおり法律上の原因を欠くものであり、原告は、補助参加人から本件振込金の返還を求められれば、これに応じざるを得ない状態にあったというべきであったから、原告において、本件振込金を収受し、所得の実現があったとみることができる状態が生じたとはいえない。原告が本件振込金の受領直後に同額を関連会社に送金して原告の管理財産外に逸出させたこと(前提事実(2)エ)は、以上の判断を妨げるものではない。
また、原告と補助参加人との間で、補助参加人が何らかの損害賠償債務を負うことが確定したような事情も認められない。補助参加人は、本件基本合意に定められた支払期限を過ぎても代金を支払っていなかったものの(前提事実(2)イ、認定事実(1)イ・ウ)、■から太陽光発電設備設置工事の受注の見込みがなくなったこと(認定事実(1)ウ)により本件基本合意の前提が失われたこと、本件基本合意において代金支払期限の大部分について太陽光発電設備の接続連系期日確定前に定められたものである旨の留保が付され、引換給付の条件が付されているものもあること(乙17〔9、10枚目〕)等の事情に照らすと、当然に補助参加人の債務に履行遅滞その他債務不履行が生じていたとはいえない。また、原告が補助参加人の債務不履行により何らかの損害を受けたと認めるべき的確な証拠もないから、損害の発生自体も明らかではない。
以上によれば、本件振込金をもって、原告が補助参加人から実際に支払を受けた損害賠償金(の一部)であると解することはできない。
(3) まとめ
そうすると、原告の修正申告(前提事実(3)エ)は、本件振込金の額を法人税及び地方法人税の益金として計算した点において、法人税法22条2項に従ったものでなく、これにより納付すべき税額が過大となったものであるから、税務署長は、原告の更正請求(前提事実(3)カ)に対し、更正をすべきであったものである(国税通則法23条4項、1項1号)。
第4 結語
以上によれば、処分行政庁がした本件各通知処分は、いずれも不適法であり取り消されるべきものである。よって、原告の請求は、いずれも理由があるので、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第1民事部
裁判官 住田 知也
裁判官 増崎 浩司
裁判長裁判官林史高は、転補のため署名押印することができない。
裁判官 住田 知也
(別紙1~3)省略