暗号資産(仮想通貨)取引による所得を事業所得として申告するためには?

仮想通貨(暗号資産)

暗号資産の取引による所得は原則として雑所得に区分されることになっていますが、場合によっては事業所得として申告することによって、雑所得にはないメリットを享受することも可能です。今回は、暗号資産の取引による所得を事業所得として申告するための基準と、事業所得と雑所得の違いについて解説します。

事業所得か否かは諸事情を社会通念で判断

所得税法上、事業所得とは次のように定義されていますが、事業所得に区分されるための要件についての定めはありません。

事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。

しかし、裁判例を見ると、事業所得該当性について争われた最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決(民集35巻3号672頁)では、

「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反覆継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」

であると判示されています。

また、租税法の代表的な文献である金子宏先生の「租税法〔第24版〕」には

事業と非事業との区別の基準は必ずしも明確ではなく、ある経済活動が事業に該当するかどうかは、活動の規模と態様、相手方の範囲等、種々のファクターを参考として判断すべきであり、最終的には社会通念によって決定するほかはない。

と説明されています。

これらを踏まえて、事業所得該当性については、以下の点を総合的に考慮し社会通念によって判断することと解されています(名古屋地裁昭和60年4月26日判決(税資145号230頁))。

・営利性及び有償性の有無
・反復継続性の有無
・自己の危険と計算においてする企画遂行性の有無

・その者が費やした精神的及び肉体的労力の有無及び程度
・人的及び物的設備の有無
・その者の職業、経験、社会的地位及び生活状況 など
所得区分が事業所得か雑所得で争われた裁判例においては、経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性の有無が重視される傾向にあるとされています(佐藤英明「スタンダード所得税法〔第3版〕」213頁)。
なお、ネット上では、開業届を提出すれば事業所得と認められるという情報も出回っていますが、上記の通り、事業所得の判断は開業届の提出だけで判断するわけではないので、注意が必要です。

実務上は通達も考慮して判断することが必要

上記のとおり、事業所得に該当するか否かは諸事情を総合的に考慮して社会通念によって判断するのが本来なのですが、令和4年10月に、事業所得と業務に係る雑所得の判定について、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定することや、その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が300万円を超え、かつ、事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には、業務に係る雑所得に該当することを内容とした所得税基本通達の改正が行われました。そのため、所得区分の検討の際にはこの通達も踏まえて検討する必要があります。

出典:国税庁HP「雑所得の範囲の取扱いに関する所得税基本通達の解説

通達の解説によると、記帳・帳簿書類の保存がある場合は概ね事業所得に区分されますが、① その所得の収入金額が僅少と認められる場合と、② その所得を得る活動に営利性が認められない場合は個別に判断するとされています。

①「その所得の収入金額が僅少と認められる場合」については、例えば、その所得の収入金額が、例年300 万円以下で主たる収入に対する割合が 10%未満の場合は、「僅少と認められる場合」に該当するとされます。※「例年」とは、概ね3年程度の期間をいいます。

②「 その所得を得る活動に営利性が認められない場合」については、その所得が例年赤字で、かつ、赤字を解消するための取組を実施していない場合は、「営利性が認められない場合」に該当するとされます。
※「赤字を解消するための取組を実施していない」とは、収入を増加させる、あるいは所得を黒字にするための営業活動等を実施していない場合をいいます。

裁決事例

暗号資産の譲渡に関し事業性が争われた事例は今のところ見当たりませんが、裁決例において、暗号資産をマイニングしたことにより生じた所得が事業所得ではなく雑所得とされた事例があります。

令和4年1月7日裁決・大裁(所)令3-28
国税不服審判所に情報公開請求をし、表題の裁決書を入手してみました。 裁決要旨 請求人は、請求人が行う海外の銀行の定期預金を紹介するアフィリエイト(本件アフィリエイト)に係る所得は、①本件アフィリエイトの主たる手段であるセミナーの主眼が、請求...

なお、令和5年度税制改正の大綱(42頁)は次のように記載されており、上記の裁決例のような事例に対して税制上の措置がされる予定です。

中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は税額控除制度(中小企業経営強化税制)について、関係法令の改正を前提に特定経営力向上設備等の対象からコインランドリー業又は暗号資産マイニング業(主要な事業であるものを除く。)の用に供する資産でその管理のおおむね全部を他の者に委託するものを除外した上、その適用期限を2年延長する(所得税についても同様とする。)。

また、節税商品の事業所得該当性について判断された裁決として、以下のようなものがあります。

令和4年6月1日裁決・大裁(所)令3-45
国税不服審判所に情報公開請求をし、表題の裁決書を入手してみました。 裁決要旨 請求人は、キャッシュレス決済サービス(本件決済サービス)に係る端末オーナーとなり、本件決済サービスを企画運営する法人から購入したキャッシュレス決済用端末(本件端末...
令和5年9月19日裁決・関裁(所)令5-3
国税不服審判所に情報公開請求をし、表題の裁決書を入手してみました。 事案の概要 会社役員である請求人が、建築用足場資材、クラシックカー及びLED照明管を賃貸する各業務から生じた所得が事業所得に該当するとして所得税等の確定申告等をしたところ、...

事業所得と雑所得の違い

事業所得と雑所得の違いについては、主に以下のものがあります。

事業所得と雑所得の比較

損益通算

損益通算とは、所得金額の計算上生じた損失を他の所得から控除することをいいます。事業所得は、給与所得といった他の所得と損益通算可能ですが、雑所得は他の所得との通算はできません。

純損失の繰越し

損失が生じて損益通算してもまだ損失が残った場合の金額を純損失と言います。事業所得の場合、 青色申告をすれば純損失の金額は翌年以降3年間にわたって繰り越すことが可能ですが、雑所得の場合には認められていません。

青色申告特別控除

事業所得の場合、青色申告をすれば最大65万円まで青色申告特別控除という控除が認められていますが、雑所得には認められていません。

青色事業専従者給与

事業者と生計を一にしている配偶者その他の親族が事業に従事している場合、これらの人に給与を支払うことがあります。これらの給与は原則として必要経費にはなりませんが、事業所得者が青色申告する場合、一定の要件を満たせば、青色事業専従者給与として事業所得の必要経費に算入することができます。しかしながら、雑所得の場合これらの給与は必要経費とはなりません。

少額減価償却資産の特例

事業所得を青色申告する場合、取得価額が 30 万円未満の減価償却資産について、合計300 万円を限度として全額必要経費に算入することができますが、雑所得の場合は認められていません。